2006年12月25日

[農漁食]増える企業の農山村研修 水俣「愛林館」沢畑館長に聞く

五感でムラを知る 「異文化交流」自然体で

 都市と農山村の交流の必要性が叫ばれる中、山仕事を体験しに農山村を目指す都会人が増えている。彼らは何を求めて山に入り、何をマチに持ち帰るのか。食べ物作り体験、森づくり、村づくりなど、多彩なメニューで研修を受け入れている熊本県水俣市久木野ふるさとセンター「愛林館」で、日本IBMの社員ら15人が行った2泊3日(10月14-16日)のプログラム=表=の模様を沢畑亨館長に、解説してもらった。

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森林作業で苗木にからまったつるを切る女性=服部麻子さん撮影
愛林館で森林の役割や現状を学ぶ参加者=服部麻子さん撮影

 全国から来た一行は初日の夕方、木々が生い茂る大学照葉樹林に行き、隣の人が見えないくらいに散らばって寝転んだ。
 -森の中で地面に寝そべること五分。心をまっさらにして、目や耳、鼻、そして肌で森を感じる。それが私たちが最初に行ったこと。鳥のさえずりや虫の音に耳を傾け、枯れ葉の香りや土の暖かさに包まれる…。その体験はとても新鮮で、印象深いもだった(服部麻子さん)。
 同日夜。一行は再び同じ場所で、同じように寝転んだ。
 -懐中電灯を消すと、真っ暗闇に。時間がたつにつれ徐々に目が暗闇に慣れてくる。「あれ、ホタルかな」と思ったら、枝の間から見える星の光であったり。昼間は視覚や聴覚で感じることが多かったが、夜の森は土のにおいが一番強く感じられた。昼間と違ってあたりが見えないから、一人で寝転がるのはちょっと怖くもあったが、同時に自分の体が暗闇に溶け込んで、森と一体になる感じがして、安心感も感じられたのが不思議であった(伊藤智子さん)。
 熊本県水俣市久木野は、水俣川の源流部。深い山と美しい棚田が広がる山村だ。「愛林館」は、水俣市が久木野に建てたむらおこしの施設。食品加工や販売のほか、地区全体を屋根のない博物館と見立てた「村丸ごと生活博物館」にお客さんを迎えたり、棚田を火で飾る「棚田のあかり」、棚田の石垣積みを体験する「石垣積み教室」、自然林に近い照葉樹林を育てる「水源の森づくり」など、応援に来てくれるボランティアと一緒につくり上げるイベントを開催している。
 最近、企業の研修で森や棚田に触れて学びたいという希望が増えた。愛林館では2時間コースから対応しているが、今回は二泊3日の日程で、じっくりと森林を学び、環境について語らうことができた。

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 私は高度成長期に田舎で育ち、大学から32歳まで東京に住み、その後、水俣の田舎に暮らしているので、大都市の事情も田舎の事情もわかる。しかし、都市に生まれ育った皆さんは、日本語は通じるものの、全くの“異文化人”というケースが多い。
 地元学を提唱する吉本哲郎氏は「アイデンティティー不全症」と語っていたが、自分を知らなければ、異文化に圧倒されてかぶれるか、見下して無視するか、どちらか極端に振れてしまうのである。
 今回訪れた異文化人は、「異なる」ことを自然体で受け入れる皆さんだった。森や棚田に詳しくはないものの、敬意を払ってくれる方々だったので、私も教えがいがあった。
 森は人が植えたものと自然のものがあり、九州では植えた森が多いこと▽植えてから伐採まで時間がかかること▽間伐した木が売れる前提で植えたが、見込みが外れたこと(20年、30年後の市場動向を見通せますか?)▽頑張りすぎて不適地にもスギやヒノキを植えたこと▽国土保全や水源涵養(かん よう)など森の働きは多々あるが、不動産と材木以外の経済的な評価がないこと-といった話を聞いてもらった。実際に森を育てる作業をして、実物を見ながら話をすれば、異文化人にも十分理解できるのである。

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 体験した作業の一つがつる切り。木が幼いうちにつるが絡むと、木の成長を妨げるから、木を育てる上で重要な作業だ。
 -「つるを一本でも残しておくと上で茂ってしまうので、アウトです」と言われ、目を皿のようにして探す。(中略)つる探しに夢中になり、つるを切っては木が喜んでいるようで達成感も感じられ、時間があっという間に過ぎてしまった(伊藤智子さん)
 「つるを見つけたら、引っ張ってたどって、根元に近いところを切るのです」。そう私が説明をすると、参加者はきちんとその通りに作業した。つるの根をたどるうちに斜面を三メートルも下り、「ああ、また振り出しに戻ったー」という声もしばしば聞こえた。スピードは山村住民にはかなわないが、その丁寧な作業ぶりには好感を持った。
 食事や酒も交流の大切な場面である。近所のわき水で炊いたコメ(道弘さん作)と納豆(タエ子さんや征子さん作の大豆を剛康さんが加工)、みそ汁(みそは良子さんとマツモさん作、野菜はトシエさん作)の朝食は、質素だが安心だ。
 書類だけはしっかり整えた「トレーサビリティーの高い商品」と、書類はないが私が直接おじちゃん、おばちゃんから受け取り、時には畑から直接とってくる農産物とどちらが安心か、参加者にはわかってもらえたと思う。もちろん夜は適度な飲酒も。朝から晩まで研修一色では、訴えたいことが参加者の頭からあふれてしまう。

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 研修の最後には「私の森林・山村保全策」を考えた。まずは理想案をカードに書く。最も印象に残ったのが「スライド式で移動可能な棚田の開発」。理想はこれくらい現実離れした方が面白い。
 やや現実的には「林業用モビールスーツ(可動性スーツ)の開発」もあった。現在は、伐採後に木を運搬するために斜面を登る高性能林業機械が山肌を激しく傷つけ、雨が降ると土が流れたり、崩れたりする要因をつくっている。モビールスーツを着た人が木を抱えて歩けるようになれば、伐採跡地の再森林化もずいぶん楽になるだろう。
 その理想に向かって、「では次の一歩は?」という質問が最後のまとめである。現実の自分の生活の中で、できそうなことを考えてもらう。
 最も多かったのが「今回学んだことを友人へ伝えたい」。それで十分だ。研修したからといって、すぐに日本の環境問題が好転するわけはないが、いずれ効果は出ると思っているからだ。都市の暮らしは森林と遠いようだが、水や酸素で直結している。ビジネスの最前線で、ふと森の土のにおい、落ち葉の感触を思い出すことがあれば、環境への配慮につながることだろう。山間部に増えている産業廃棄物処分場の様子も頭に浮かぶかもしれない。
 そして私は、今後も山村に住みながら異文化交流を続けたいと考えている。

 ▼さわはた・とおる
 1961年生まれ。東京大学農学系大学院修了・農学修士(林学専攻)。大学時代に草刈り十字軍に参加したのち、94年、全国公募で愛林館館長に就任。熊本大、崇城大講師。愛林館=0966(69)0485。ホームページはhttp://www7.ocn.ne.jp/~airinkan/

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 ●参加者の感想から
  都会は健全なのかなあと考えた 結構興奮している自分に驚いた

 ▼三木紀子さん 羽田空港からの帰路、午後11時だというのに、駅も電車内もたくさんの人、人、人。騒々しく、ぶつかりあって、むんむんした人込みにうんざりして、ほんの数時間前まで水俣の豊かな自然の中にいたことが、別世界のように思えた。日中は、都会の整然としたオフィスでパソコンの画面を長時間見つめながら働いて、夜はきらびやかな街で遅くまで騒いでいる。これって人間らしい健全な生活なのかなあと、思わず考えた。

 ▼伊藤智子さん 私の携帯は海外でもつながるが、愛林館ではつながらなかった。海外以上に外国のようで、普段の日常生活を離れ別世界のようでありながら、ここは同じ日本である。そんな中ですごした3日間は、都会では味わうことのできない体験の連続であった。

 ▼植高有一郎さん 視覚がほとんど機能していない(周りが全く見えない)状態で、視覚以外の感覚を研ぎ澄まして体験する夜の森林観察は講義ではできないことであり、意識して五感を使うことが何よりも新鮮だった。

 ▼服部麻子さん 何より収穫は、森林のもつ力への理解が深まり、畏敬(いけい)と感謝の念を強くしたこと。そして、森林が自分の生活とつながっているものとして、より意識できるようになったこと。普段の生活が、森林を含む自然にいかに支えられているのかを、実感することができた。

 ▼篭真昭さん この体験のあと結構興奮している自分に正直驚き、これも素直に森林の素晴らしさを受け入れられた自分がいるからかなと思った。

 ▼上森安さん 植樹イベントはよくあるが、日本の現状では、植林よりも人工林を手入れして間伐を行い、多様性をもたせることが重要だと理解できた。

=2006/12/25付 西日本新聞朝刊=

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