2009年1月30日

東京で“弁当の日”シンポジウム 時代は地方が切り開く(編集委員 佐藤弘)

 今月10日、東京大学・本郷キャンパスで「どうなる どうする日本の食シンポジウムin東京-広がれ“弁当の日”」を開いた。昨秋、福岡市で延べ1100人を集めた催しの東京版である。

参加者の前で“弁当の日”の体験談を話す竹津凛人君
【写真説明】参加者の前で“弁当の日”の体験談を話す竹津凛人君(右端)

 主催は「九州弁当の日軍団」。子どもが台所に立つことで、調理技術を身に付け、親に感謝する気持ちをはぐくむなど、食べものの向こう側が見えてくる「子どもが作る“弁当の日”」に賛同した人たちだ。四国で生まれ、長期連載「食卓の向こう側」で紹介したのをきっかけに、九州を中心に約300校にまで実践校が広がったこの取り組みを、さらに大きなうねりにしようと思い立った。

 “弁当の日”の実践校は西高東低。だが、各種団体に後援を依頼し、関東の人にも参加を呼び掛けた結果、定員300人は締め切り前に満員となり、当日は立ち見も出た。

 シンポでは、甘い清涼飲料水が食事代わりになっている若者の食の実態や、家庭のだんらんがない子どもほど、性交渉の年齢が早まる傾向にあることなどが、助産師の内田美智子さん=福岡県行橋市=らから紹介された。

 九州大学の佐藤剛史助教は、学生たちが“弁当の日”の体験を通じ、食べものが自分の体をつくることや共食の楽しさ、食を支える農の大切さにまで思いが至るようになった様子を報告した。

 福岡市立下山門小学校で“弁当の日”を体験した6年生の竹津凛人(りんと)君は、こんな発表をした。

 「最初は面倒くさいなと思ったけど、メニューを考えていると、全部自分で作りたくなりました。前の日の夜から準備を始め、お母さんに手伝ってもらわずに、一人で頑張りました。お母さんが手を出そうとすると、『手を出さないで』と断りました」

 4年生の春から遠足の弁当は必ず自分で作るようになった竹津君。5年生になって担任が変わり、6年生で横浜市に転校してからも、弁当作りを続け、母親が病気で寝込んだときは、代わりに夕食も準備したという。

 「弁当を作って良かったことは、自分に自信を持てたことと、風邪をひきにくくなったことです」。ハンカチを握り、泣いたり笑ったりしながら、竹津君に拍手を送る参加者の様子に、主催者は手を取り合って喜んだ。

 「昨秋、東京で実施した食料自給率向上のためのシンポより、百倍面白くてためになると思った。次は、もっと大々的にやるべきだ」。シンポに参加した農水省の幹部からは、こんなメールも届いた。

 政治、経済、教育など、あらゆる局面で閉塞(へいそく)状況にある日本だが、その解決策が霞が関のビルの中にあるとはどうしても思えない。だから、地方が対案を出し、時代を切り開くのだ。天気と食は西から変わる。面白くなるのはこれからだ。

=2009/01/30付 西日本新聞朝刊=

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■食卓の向こう側プラス スペシャルPICKUP
超満員御礼!! 1/10「弁当の日」シンポin東京は大盛況でした!!
シンポジウムに参加した方々からの反響や意見が掲載されています。

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■写真特集―シンポジウム当日の会場模様―
 シンポでは、四国や九州の小中学校における「弁当の日」実践例や、最近の大学生の食卓事情などを具体的に紹介。会場では西日本新聞連載「価格の向こう側」が掲載された紙面の配布や写真パネル展、食に関する出版物の展示・販売なども行われた。

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