2009年3月17日

シンポジウム「価格の向こう側―私たちの生活防衛術」 パネリスト討論

 長期企画「食卓の向こう側」に取り組んでいる西日本新聞社は3月1日、「食 くらし」をテーマにしたシンポジウム「価格の向こう側―私たちの生活防衛術」を、福岡市博多区で開いた。消費者が廉価な食料品を買い求める中、農業の生産現場では採算が取れず後継者が育たないという現状報告を受け、地域と家庭の自給力について論議。自給力を高めるには、消費者による農作物の買い支えや、農村と都市の結び付き、手作り料理の技の伝承などが提案された。

食のあり方について、意見交換するパネリスト

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 ●消費者も意識改革を 農と家庭に「自給力」
〈パネリスト〉 ※順不同
安部  司さん
(食品ジャーナリスト)=北九州市
荒毛 正浩さん
(人吉市役所農業振興課)=熊本県人吉市
長野 路代さん
(農業)=福岡県飯塚市
秋山  公さん
(青果店「ヴェルデ」店主)=福岡県久留米市
八尋 幸隆さん
(農業)=福岡県筑紫野市
大田  孝さん
(湊営農組合組合長)=福岡県築上町
〈コーディネーター〉
佐藤  弘、渡辺 美穂
(「食 くらし」取材班)

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 ●農家の「技」を後世に・荒毛さん
 ●安い作物採算合わず・大田さん
 ●消費者と生産者分断・八尋さん

 -日本の食料自給率はカロリーベースで40%。農水省の調査では、国民の大半が、自給率を上げねばと考えているという。だが、自給率を考えながら食事している人を見たことがないように、日常の暮らしと自給率はつながっていない。ここでは、そんな建前の話ではなく、暮らしに根差した「自給力」について考えてみたい。
 八尋 食や農をテーマにしたシンポジウムでは、必ず旬の野菜を食べよう、地産地消を進めようという結論になる。でも、同じ素材で違う料理を作る技術や保管する知恵がなければ、ある一定期間は毎日同じ野菜を食べることになり、普通の人は飽きる。きれいごとだけではなく、自給する技、つまり自給力がなければ実践にはつながらないし、自給率も向上しない。
 -例えば今の季節、大根がたくさんできる。しかし、それを調理する技術がなければ、毎日大根おろしを食べて、残りは畑で朽ち果てる。
 長野 私はまず、切り干し大根を作る。それから大根の塩漬けを作り1年間は持たせる。塩漬けはハリハリ漬けにしたり、福神漬けにしたりする。いつも青漬けばかりとか、ぬか漬けばかりでは飽きてしまうから。
 作った野菜を捨てないのが農家の技。市場では売れないような二級品は付加価値を付ければ、朝市などでお金になる。
 -国は今、農家を減らし、規模を拡大することで効率化を進め、海外との競争力をつけようとする政策を進めている。数字上は農家が減っても、面積が同じなら自給率は変わらないが、自給力はどうだろうか。
 荒毛 農家の技を知る人が減り、それが後世に伝わらなくなるのが問題だ。また稲作の場合、水の管理一つにしても、用水路や排水路の草払いなど、集落の力があって初めて成り立つ。人がいなくなると、米作りそのものができなくなる。
 -仮に優良な農地があっても、そこに耕す人がいなければ、農業が成り立たない。自給率向上は、自給力という土台の上にあるわけだ。
 大田 遺伝子組み換えでない菜種を栽培し、菜種油を作っている。西日本新聞のエリアセンターを通じて販売(1リットル1000円)してもらったおかげで、栽培面積は3年で2・5倍の5ヘクタールにまで増えたが、それでも、地域の耕作放棄地は増えている。
 消費者は価格の安さだけを見がちだが、価格が安ければ農家は採算が合わない。息子に「おれの跡を継いで百姓をせえ」なんていうことは言えないのは、採算が取れないからだ。後継者がいないということは、自給力が下がること。こんな状況で、自給率なんて上がるわけがない。
 八尋 農業の問題は農家だけが考え、消費者は食べ物の安全性だけを問題視するところに、問題の根っこがある。農薬で言えば、最大の被害者は消費者ではなく、直接扱う農家の方なのに、両者の関係が分断されているようで非常に悲しい。佐賀県唐津市の農民作家・山下惣一さんは「日本は先進国の中で最も、農村と都市が近い距離にある数少ない先進国だ」と言う。結び付きを強くしていけば、自給力も自給率も自然に上がってくると思うのだが。

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 ●地元で買い安定確保・秋山さん
 ●楽しみながら食改善・長野さん

 秋山 毎朝、農家を回って野菜を仕入れ、消費者に販売している。店頭ですごく感じるのが、消費者の選択一つで、自給力は上がりもすれば下がりもするということ。消費者が地元のものを買い支えることができると、間違いなく循環する。消費者が直売所なり、八百屋さんなり、頑張っているスーパーなりいろんなところを見つけて食べ支えてくれれば、消費者もまた、食を安定的に手に入れやすくなる。
 -長野さんはお菓子も手作りしていたが、「買った方が安いのに」なんて言われないか。
 長野 お菓子作りは自分も相手も楽しむことができる。自分であんこをちょっと丸めて寒天をかぶせ、何にも混ざりっけのない納得のいくお菓子が安く作れたらどうだろう。昔の人は買うということをしなかったから、人さまにおみやげを差し上げるときも、既製品を買わずに、知恵を出してお菓子を作っていた。
 子どもは手作りを大変喜ぶ。おばあちゃんが孫に「今日はね、水ようかんを作ってやるけんね。幼稚園から帰ってきたら、冷蔵庫に入れとくけんね」というような会話を増やしていくことが、家庭内の食生活改善と自給力向上につながる。
 -「自給の技」とは体験の蓄積であり、一生使える生きる力にほかならない。その力がなければ、その瞬間、瞬間で価格だけを見、安いものを求めざるを得なくなる。もう一つは、いわゆる関係性という部分。生産者と消費者、親と子など、人と人とのかかわりが深まることは、広い意味での食の安心・安全につながる。
 取材を通じて感じたのは、モノだけを見て、高い安いは論じられないということ。それをどう利用できるか、どう評価するか、どんな時間軸で考えるかで、全く変わってくる。やはり目の前の事象ではなく、さまざまな角度から「向こう側」を見ないと、物事の本質は語れない。 (敬称略)

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 ●「味覚」や「笑い」でも盛況
会場前では、野菜や豆腐などを即売する商品市も開かれた
 3時間にわたったシンポジウムは、耳で聞くだけでなく「味覚」や「笑い」も交えて、大いに盛り上がった。
 昔ながらの製法で作られた一丁150円の豆腐と、ドラッグストアで買える一丁30円の豆腐。連載で紹介した「違い」を実際に舌で感じてもらおうと、参加者に両方を食べ比べてもらった。
 包装を隠し「150円の方はどっち?」と質問すると、記者1人を含む7人全員が正解。「大豆の味ですぐ分かった」という福岡県筑後市の給食調理員田中ひろみさん(54)は「安い豆腐ばかり食べていたら、本当の味が分からなくなるかもしれませんね」と続けた。
 会場前では、こだわりの商品市が開かれ、食べ比べに登場した荒木豆腐店(福岡市)の豆腐のほか、発言者の八尋幸隆さんの野菜、長野路代さんの調味料などが並び、買い求める人垣ができた。
 シンポの合間には高座が設けられ、「食育落語家」を名乗る福々亭金太郎さんが登場。1円でも安い食品を求めて店をはしごする客とスーパーの店員を演じ、笑いを誘っていた。

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 ●会場アンケート
 シンポジウムの会場アンケートには、たくさんの回答が寄せられた。質問に対する回答をいくつか拾ってみた。

【質問1】普段は何をポイントに、食材を買う店を選んでいますか?
 「新鮮なもの、安全なものが置いてあるかどうかをみる」(福岡県柳川市、会社員・28歳)
 「値段が安くて、近所のところ」(福岡市南区、整体師・31歳)
 「生産直売所のような地元で顔の見える店で買う」(宮崎県清武町、飲食業・33歳)
 「安全。ただ、外食するときは、その考えが薄くなっている」(福岡市東区、看護師・32歳)
 「作り手さんのものづくりの姿勢が見えるものを丁寧に扱っているかどうか」(福岡市東区、フードディレクター・36歳)

【質問2】茶わん一杯の価格、新聞紙面で読んでどう思いましたか?
 「安いと思った。買い置きするカップラーメンの五分の一とは驚き」(長崎市、会社員・34歳)
 「日ごろ、一食とか一カ月いくらとか考えて判断していない。食だけでなくいろんな面でも同じ」(福岡県粕屋町、教職員・65歳)
 「具体的に示されると複雑な気持ち。農業など一次産業従事者の苦悩が伝わる。地域が元気になるためには一次産業の活性化が大切」(山口県下関市、公務員・57歳)
 「お米は消費者からすると、お得だったのかと気付いた」(福岡市南区、学生・20歳)
 「食べ物の価値観が変わった。今後、さらに『大切なことは何か、どう工夫すればよいか、気の持ちようだ』と考えるきっかけになった」(福岡市早良区、会社員・28歳)
 「とても意外だった。お米は安いと思った」(福岡市博多区、会社員・40歳)

【質問3】昨年の食糧高騰の際、「家計がつらい」と感じましたか? そのとき、どう節約しましたか?
 「お肉の量は減らしても、米や野菜の量は変えずに食べている。食で手抜きはしたくない」(福岡市博多区、主婦・44歳)
 「なるべく弁当を作るようにした。お茶も水筒で持って行く。これだけで随分、無駄が減った」(福岡市中央区、会社員・29歳)
 「魚や野菜は丸ごと使い切るようにしている」(福岡市西区、主婦・59歳)
 「ニンジンなど育てる家庭菜園をしてみた」(福岡市早良区、主婦・55歳)
 「買いだめを控えた。菓子パンをよく買っていたが、量や回数を減らした」(北九州市小倉北区、主婦・46歳)

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 ●長い目で考えていこう 編集委員・佐藤弘
 モノの価格とは不思議なものだ。その高さを自慢する場合もあれば、いかに安く買ったかを競うこともある。まさに評価はその時と場合による。
 ただ、贈呈品は別として、日々の暮らしと直結する食品は安く、安定的に手に入るのが望ましい。かくいう私も安いのは好きだが、問題は今、この安さと安定が両立する状況にあるのかということ。その安さが、「食品の向こう側」にいるモノを作る人々が再生産できないような価格の上に成り立っているとしたら…。
 「お客さまのために」を旗印に、価格競争を競う流通。その裏で、命の糧を生産する一次産業に後継者がいない最大の理由は、食べ物を作る人が食えない状況にあるからだ。「外国と仲良くしておけば、いつでも買えるさ」という考え方もあるが、将来日本に米を作り、魚を捕る能力、すなわち「自給力」がある人々がいなくなれば、農地はただの地面であり、海はしょっぱい水にすぎない。国力は衰え、量の安心・安全は確実に揺らぐ。
 シンポでは、添加物を駆使してインスタントだしを作る安部司さんと、いりこやかつお節などに一手間加え、いつでも使える手製のインスタントだしを作る長野路代さんが競演した。
 同じインスタントでも中身は正反対。安部さんが作るような食品の簡便さを否定するわけではないが、そうして作られた安い既製品を求め、目先の食費を減らすだけが生活防衛の手段ではないことを示したかったのだ。
 「買って食べるのは一瞬だが、台所の技は一生もの」と言う長野さん。しかも、そうして培った「自給力」は、自分や家族の健康を守ることにもつながる。食品の質を問うならば、これ以上の安心・安全はないし、長い目で見れば医療費などにもかかわるから、それは家計にも家族にも、国の財政にも優しい防衛術となりうる。
 不況はしばらく続くだろう。だが、どう時代が動こうと、先人たちが言う「基礎的なものが、最も応用的である」事実と、「魚を与えるより釣り針を、釣り針を与えるより釣り針の作り方を教えよ」という原理原則は変わらない。なんといっても、人生は「連続ドラマ」なのだから。

=2009/03/17付 西日本新聞朝刊=

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