【聴診記】なぜ住み慣れた家なのか

 夕暮れ時、眼前に広がる錦江湾の波光はきらめき、その向こうに薩摩富士と呼ばれる開聞岳の稜線(りょうせん)が浮かび上がる。鹿児島県・大隅半島の南部に位置する南大隅町。県の学校事務職員を定年退職後、鹿児島市から移り住んだ義父は毎日、自宅庭から絶景を臨みながら芋焼酎を味わってきた。

 傘寿を過ぎた今、病が体をむしばんでいる。脳疾患、心疾患、がん…。入退院を繰り返し、ここ数年はほぼ寝たきり。来年喜寿を迎える義母が1人で介助する。町内に救急患者を受け入れる医療機関はなく、高熱が出たときには車で1時間近くかかる鹿屋市に向かう。

 それでも鹿児島市の長男夫婦宅に身を寄せるつもりはない。「ここがよか。ここで死のごちゃ」。隣町出身で6人兄妹の一番下。親戚も多く、この地に家を建て、大自然をめでて暮らす夢を実現させた。「自分が元気なうちは、お父さんの望んごっ」。義母の思いも変わらない。

 国の調査によると、国民の6割が自宅で最期を迎えたいと希望する一方、実際に自宅で亡くなったのは1割ほどにとどまり、病院が7割を占めた(2014年)。

 「地域によっては医療者のサポートが十分ではない」。2月、福岡県で開催された日本ホスピス・在宅ケア研究会の全国大会で、訪問診療に取り組む医師の1人は明かした。別の医師は「介護の専門職だけで在宅ケアは賄えない。老老介護の問題もあり、高齢多死社会の到来を考えると、住民による共助や互助が必要だ」と訴えた。

 義父母の暮らしには在宅の現実と課題が内包する。きょうから始まった連載「ここで~在宅はいま」では高齢者だけでなく、働き盛りの世代や子どもも取り上げる。なぜ住み慣れた家なのか、治癒が見込めなくなった時、患者や家族は何を求めるのか-。考えていきたい。


=2017/04/17付 西日本新聞朝刊=

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