【ここで 在宅はいま】最期の希望 伝えてますか 救急搬送…現場で戸惑いも

救命救急センターに搬送された患者を治療する済生会福岡総合病院の医師たち
救命救急センターに搬送された患者を治療する済生会福岡総合病院の医師たち
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 福岡市・天神の済生会福岡総合病院。1階の救命救急センターが突如、慌ただしくなった。

 「86歳男性、意識なし、呼吸なし、(気管)挿管なし…」。救急車からリアルタイムで届く情報を医師が繰り返す。10分後、ストレッチャーに乗った男性が運び込まれた。

 医師や看護師が処置台を囲む。「挿管できる?できない?無理しないで」「はい、入りました」。口からチューブが入り、人工呼吸器が取り付けられた。

 男性は1人暮らし。通院先の内科医院で倒れた。緊急時に人工呼吸器装着などの延命措置をするかしないか、本人の意思は不明。親族の考えも不明なまま心肺蘇生の処置を施した。

 その後、男性は画像診断で広範囲の脳梗塞と判明。自発呼吸を取り戻す可能性は低く、持病もあって余命は1週間足らず。間もなく駆け付けた親族には喉に穴を開けて酸素を送る「気管切開」などの命を延ばす選択肢を示した。「高齢なので覚悟はしていました」。親族はそのままみとる道を選んだ。

 「救急搬送された以上、まずは全力を尽くして命を助ける。それが私たちの使命です」。則尾弘文センター長は語った。

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 この病院は福岡市に4カ所ある救命救急センターの一つ。2015年度は市内で最多の4273人を受け入れた。事故を含め心肺停止状態など最も重篤な患者を懸命に治療する。ただ「患者の高齢化に伴い、現場が混乱することが増えてきた」と、山本雄祐副院長は明かす。「特に家族間で延命治療について意見が分かれたときが難しい」

 「東京の息子シンドローム」。九州の医療者の間には、こんな“業界用語”がある。例えば-。

 高齢の父親が倒れ、気が動転した母親は救急車を呼んだ。一命を取り留めたものの、近くに住む娘は日に日に弱っていく父の姿を目の当たりにし「延命治療は望みません」。ところが、都内に暮らす息子は元気な父の姿しか知らず、医師に「できる限りのことをして」と電話で懇願。口からのチューブ、鼻からの経管栄養、腕には点滴…。すると、病院にやって来た息子は「こんなに管だらけにしてほしくなかった」と、ぼうぜんとした-。

 国の調査では国民の6割が自宅で最期を迎えたいと望む。「自然な感情かもしれないが、家族がうろたえて病院に運ぶケースが少なくない」と山本副院長。「どのように生きたいのか、死にたいのか。高齢者の意思を確認しておく仕組みづくりが必要だ」。命の“最後のとりで”の現場から、こう提案する。

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 急変時の対応、延命措置の希望、最期の場所…。A4判の調査票に質問が並ぶ。「元気なうちにしっかりと考えてほしい。この一念です」。福岡市東区の「あおばクリニック」の内科医伊藤新一郎さん(71)は力を込める。

 東区の医師や看護師、ケアマネジャーなどでつくる「福岡東在宅ケアネットワーク」(316人)の代表。「その人らしく老いて、快適に暮らす地域づくり」を追求し、定期的に意見を交わして、在宅医療の質の向上を目指す。伊藤さんは2000年から訪問診療に取り組み、これまでに700人の患者を診てきた。

 訪問診療を始めるときには調査票のほか、意思疎通が難しくなった場合に治療方針を決定する「(家族などの)代理人」を書いてもらう用紙も手渡す。

 「他人任せの医療ではなく、自分のことは自分で決める。決められなかったら家族と一緒に悩む。それが、その人らしく生きる成熟社会への一歩となるのではないでしょうか」

 伊藤さんはそう信じる。


2017/05/22付 西日本新聞朝刊

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