4度のがんを“武器”に 闘病を機に起業した女性 訪問看護で患者に寄り添う

乳がん、胃がん、腎臓がんを経験し、訪問看護師として患者に寄り添う井手眞知子さん(左)
乳がん、胃がん、腎臓がんを経験し、訪問看護師として患者に寄り添う井手眞知子さん(左)
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乳がんを機に介護サービス会社を始めた浜田民子さん(中央)と、胃がんの治療後に復職した大原晃さん(右)
乳がんを機に介護サービス会社を始めた浜田民子さん(中央)と、胃がんの治療後に復職した大原晃さん(右)
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【がんと働く】<5>闘病を機に会社を始めた

 両胸の乳がん、胃がん、腎臓がん-。4度のがんを「武器」にする。福岡県古賀市の訪問看護師、井手眞知子さん(65)は患者に自らの手術痕を見せて励ますこともある。「怖がらなくていいですよ。私は4回も手術して、今も元気に働いています」。しかも働くだけに収まらず、会社の経営まで手掛けている。

 治療はつらかった。病院に勤務する看護師だった46歳で右乳房を全摘し、抗がん剤の服用が2年続いた。48歳で左乳房にもがんが見つかり、部分切除。今度は放射線、ホルモン療法も加わり、7年半に及んだ。副作用で生理は止まり、手がしびれて採血もできなくなった。

 それでも60歳の定年まで勤め上げた。20代で皮膚がんの夫をみとり、30代で腎臓がんの母を看護してきたこともあり、いつしか「がん患者を最期までその人らしく支えたい」との目標が生まれていた。退職後の2015年2月、訪問看護リハビリステーションを開設。代表の肩書と最大10人のスタッフを背負った。

 軌道に乗りかけた矢先だった。昨年3月、胃がんが判明し、3分の2を切除した。同時に腎臓がんも見つかり、7月に手術を受けた。かといって代表の代わりはいない。入院中に一時帰宅して事務をさばき、退院翌日から事務所に寝泊まりして働いた。

 そうした日々にも経験は生かされた。40年前、夫は告知すらされずに逝ったが、自らはがんを受け入れ、体と相談しながら「自分らしさ」を考える。今はスタッフを2人に減らし、毎日2~3軒の患者宅を巡っている。

 先日、肺がんの治療で入退院を繰り返す男性(82)を自宅に訪ねた。「なくてはならない戦友。自分も治そうという気持ちになれる」と笑顔を向けられた瞬間、働き続ける手応えを感じたという。

 主婦から一転、福岡市南区の浜田民子さん(64)も、がんを契機に会社をつくった。

 45歳で乳がんを患い、手術を受けた。入院中はまだ心に余裕があり「患者」の自覚はなかった。退院した途端「患者になった」。抗がん剤や放射線治療が続き、包丁を握れない、疲れやすい、人に会いたくない…。いつも体調がすぐれず、死を意識した。

 死との向き合い方を知ろうと、ホスピスでボランティアを始めた。活動するうちに、理想の最期の居場所を形にしたくなった。退院から4年たった02年、ボランティア仲間の看護師2人の力を借りてデイサービス事業を始めた。

 開業から16年たった今も再発はない。この間、有料老人ホームや通所リハビリなど10カ所、スタッフ約130人にまで広がった。そうして事業が成長する中でも、闘病経験が生かされる場面があった。

 昨年6月、勤続13年になる介護職の大原晃さん(47)に胃がんが見つかった。大原さんが浜田さんに相談すると「今は治る病気。大丈夫よ」。励ましが心に響き、10月末の胃の切除手術、約1カ月の休職期間を乗り越えられた。

 復職直後、車椅子を抱えるような力仕事を免除され、昼食後は長めの休憩をもらった。ただ、一見すると元気そうで、若い同僚から「特別扱いじゃないか」と不満が漏れた。そこで浜田さんは「がんは手術後がきつい。分かってあげて」ととりなした。同情や特別扱いではなく、できる配慮はすべきだと考える。

 06~08年にがんと診断された人の5年生存率は62・1%で、乳がんや前立腺がんでは90%を超える。「がん=死」という時代ではない。「出産で休んで復帰するように、がんになっても当たり前に復職する環境にしたい。がんを経験した私がつくった会社の存在意義がそこにある」。浜田さんはがんに変えられた人生を楽しんでいる。

 ●患者自身ができる工夫も

 治療の副作用などで元のように働けず、焦りを感じる人は少なくない。乳がん経験者で、患者の就労を支援する一般社団法人CSRプロジェクト(東京)の桜井なおみ代表理事(51)=写真=は「職場の理解や配慮も必要だが、患者自身が工夫できることもある」と話す。

 設計事務所のデザイナーだった桜井さんも復職後、リンパ節を切除した利き腕が疲れやすく、パソコンのマウスもうまく握れなくなった。そこで「肘のせアーム」を活用。腕の負担が分散され、作業効率はほぼ戻った。通勤バッグは腕に負荷がかからず、手術の傷に当たらないよう、斜め掛けにした。

 乳がんの場合、ホルモン療法の副作用で体温を調整できなくなる人も多い。桜井さんはよく冷えを感じるため、スカーフを持ち歩く。のぼせやほてりなどのホットフラッシュには扇子がお勧めだ。

 胃がんで胃を切除した人は食後に冷や汗やめまい、動悸(どうき)などの不快感に悩まされることがある。食事を小分けにして、体調に合わせた時間に食べられると良い。ぼうこうがんで頻尿に悩んでいるなら、通勤経路のトイレの場所を確認できるマップが役に立つ。

 ただ、全てを自分の努力だけで解決しようとするのは良くない。桜井さんは「無理をして体調を崩したり、副作用がひどくなったりすることがないよう、何ができて、何が難しいのかを周囲に具体的に説明しておくことが大事」と呼び掛ける。

=2018/05/14付 西日本新聞朝刊=

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