「乳がんの経過観察中ですが…」一人の応募、会社が変わった 治療と仕事の両立支援 雇用側にもメリット

病気になっても働きやすい職場を考える小手川りつ子さん(左)らキューサイの社員たち
病気になっても働きやすい職場を考える小手川りつ子さん(左)らキューサイの社員たち
写真を見る
がん治療中の社員も働く佐賀共栄銀行の本店営業部
がん治療中の社員も働く佐賀共栄銀行の本店営業部
写真を見る

【がんと働く】<6完>

 ハローワークの求人票を見て、48歳の女性から応募があった。「乳がんの治療を終えて経過観察中ですが、採用試験は受けられますか」。佐賀共栄銀行(佐賀市、社員約400人)の人事担当者は戸惑った。前例がなかった。

 とにかく面接してみよう。それが、会社が変わり始めるきっかけとなった。

 募集したのは、本社営業部でローンの返済が遅れている顧客に電話で督促する仕事だった。人生経験とコミュニケーション力が求められる。女性の場合、明るくて物腰が柔らかく、会話で場を和ます力もあった。適性は十分。通院も月1回で、業務に差し支えるほどではなさそうだった。

 2016年秋、採用を決めた。人事担当者によると「病気のあるなしではなく、人物本位で判断した」。1日7時間、週5日働くパートとして雇用すると、担当業務はもちろん、最近はパートたちのまとめ役としても活躍してくれている。

 彼女の働きぶりを見て、17年春からは、約70人いるパートが半日単位で有給休暇を取れるよう規定を改めた。通院などに利用しやすくするためだ。管理職に事前に申し出ておけば、早退も認めるようにした。「月15日」か「全営業日」に限っていたパートの勤務日についても、今後は要望に応じて日数を少なくできるようにしたい考えだ。

 こうした試みは今春、厚生労働省の冊子で紹介され、がん患者の採用や定着に先進的に取り組む全国7社の一つに選ばれた。人事部は「病気だけでなく、子育てや介護など人それぞれに事情がある。いろいろな働き方を提示できれば、優秀な人が集まってくるはず」と期待する。

 女性は乳がんが再発し、今年4月に入院した。それでも5月半ばには職場に復帰し、変わらぬ笑顔で働いている。

 がんとともに仕事を続けるには、雇用する側のサポートが欠かせない。健康食品メーカーのキューサイ(福岡市、約530人)も、治療との両立支援に力を入れる。

 休職中の保障として、1日3千円の入院給付金が出る団体医療保険に加入する。職場に戻る際は、人事部が産業医と連携して復職プログラムを練る。マンモグラフィー(乳房エックス線撮影)を搭載したバスを定期的に呼ぶなど、検診率向上にも取り組む。

 社員の悩みに耳を傾ける「おしゃべりタイム」も支援策の一つだ。14年、乳がん経験のあるコールセンター営業部の小手川りつ子さん(61)を聞き役としてスタートさせ、これまでに病気休職や育児休業から復帰した延べ約450人が利用している。

 「いつ再発するか分からない」「仕事を続けられるだろうか」…。1回30分ほど、健康な人では受け止めきれない思いに寄り添う。就業中も利用でき、2~3カ月おきに不安を吐露する人もいる。

 小手川さん自身、9年前に左乳房を手術し、抗がん剤治療で3カ月、休職した。復職後も1カ月間は放射線治療を毎日する必要があり、昼休み以外に1時間の外出許可を受けて両立できた。「同僚の支えが大きかった。誰かに見守られていると思うだけで頑張れる」。60歳で定年を迎えてからも、嘱託社員として同僚の体調や顔色に気を配る。

 人事部の浜崎真由美さん(44)は「今後は年次有給休暇の積立制度や時間単位の有給休暇、人間ドックの補助も検討していきたい」と話す。そして会社全体で支援する意義を強調する。「早期発見、早期復職の好循環をつくりたい。それが社員全員の満足度や誰もが働きやすい職場につながる」 =おわり

 ●患者支援 会社もメリット

 がん経験者の採用や治療と仕事の両立支援のために、事業所は何ができるのか。

 国立がん研究センターはホームページ「がん患者の就労継続及び職場復帰に資する研究」で支援マニュアルを公開している。策定に関わった産業医大病院(北九州市)医師の立石清一郎さん(42)=写真=は「両立支援は会社にとってコストではなくメリットになる」との発想が必要だと訴える。「がんになっても切り捨てられない」「従業員を大切にする会社」とのイメージが広がり、士気向上や優秀な人材獲得につながるからだ。

 がん患者に特化した配慮ではなく、子育てや介護、慢性疾患で通院が必要な人など、誰もが利用しやすくしたい。マニュアルでは、時間単位の有給休暇を可能にしたり、在宅勤務や短時間勤務を導入したりする事例を紹介する。

 一方、社員数の少ない企業は1人の休みが死活問題となりかねない。法定の有給休暇とは別に、長期入院の際に助かる傷病休暇制度などは企業ごとに定め、制度がない社から3年以上休める社までさまざま。あくまで事業所の規模や業務内容に応じた「無理のない支援」が基本だ。

 立石さんは、労働安全衛生法で従業員50人以上の事業所に専任が義務付けられた産業医の活用を勧める。「第三者的立場の産業医を介した方が従業員との一致点を探りやすい場合がある」。ただ、産業医が機能していない事業所も少なくない。課題を的確に捉え、事業主に助言や勧告をする力があるかも見極めたい。

=2018/05/21付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]