精神科の身体拘束を考える(下) 患者に合わせ、減らす工夫

スポンジやクッション材が敷き詰められた都立松沢病院の病室
スポンジやクッション材が敷き詰められた都立松沢病院の病室
写真を見る

 全国の精神科病院において、ここ10年余りで倍増している「身体拘束」。患者が自分や他人を傷つける恐れがある場合などに限って指定医の判断で認められている行為だが、本当にやむを得ない手法なのか。患者のニーズに合わせてさまざまな工夫を凝らすことで、身体拘束を減らしている病院の取り組みを紹介する。

都立松沢病院 6年で8割減

 床にスポンジが敷き詰められ、壁中にクッション材が張られた病室-。東京都世田谷区の精神科専門病院、都立松沢病院(890床)の一室だ。

 ここに統合失調症のために入院している50代男性は、数年前までベッドにベルトで拘束されていた。長期入院で足腰が弱り、転倒してけがをするリスクが高かったからだ。

 どうすれば拘束しなくて済むか。看護師たちがアイデアを出し合って病室を改造し、男性は室内で自由に過ごせるようになった。看護師長の尾根田真由美さん(52)は「行動制限しなくて済むように、次は何ができるかを日々話し合っています」と説明する。

 松沢病院が本格的に「身体拘束ゼロ」へ向けてかじを切ったのは2012年。齋藤正彦院長が就任し「行動制限最小化」の方針を打ち出した。身体拘束した患者数は11年は1日平均132人だったが、昨年は22・8人。公立病院のため、自傷他傷の危険が高いなど対応が困難なケースを引き受けるにもかかわらず、6年間で83%も減少した。

   ◇   ◇

 最初に取り組んだのはスタッフの意識改革だ。退院患者向けアンケートで「身体拘束を経験したか」を問い、生の声を共有した。研修では、医師や看護師が身体拘束を体験する。尾根田さんは「不安で屈辱的なことなんだと改めて実感した」と話す。

 まずは認知症病棟で模索を始めた。入院する際、拘束しないことで患者の尊厳や体調が守られる一方で、転倒などのリスクもあることを家族に説明し、同意をもらうようにした。週1回だった拘束に関するカンファレンスは毎日開くようになった。

 点滴を引き抜いてしまうという理由で拘束していた患者は、タオルで点滴部位を隠したり、日中の目の届く時間に集中的に点滴したりした。夜間は「睡眠観察シート」で患者の睡眠パターンを把握した上で、トイレに行く時間帯や徘徊し始める時間の見守りを強化した。

 その結果、認知症病棟の拘束はほぼゼロになり、他の病棟にも取り組みが広がっていったという。

   ◇   ◇

 「拘束を外すことでけがをさせてしまうかもと、最初は不安だった」と尾根田さん。現場の雰囲気は、何かあっても病院全体で責任を取るという姿勢を実感するうちに変わっていった。看護師が、患者の個性や生活パターンに合わせたさまざまなケアのアイデアを提案するようになった。

 転倒は増えたが、安全対策や見守りを強化したことで骨折などの重大事故は増えていない。ベッドで食事していた患者がホールの椅子に座って食べられるようになるなど、症状が改善する患者が見られ、誤嚥性肺炎も減った。

 スタッフの総数は変わらない。拘束やその後のチェックにかかっていた時間をケアに充て、手厚くした。人員配置を見直し、事務作業などを補助する「病棟クラーク」を置くことで、看護師が本来の業務に専念できる仕組みも整えた。

 こうした試みを進める精神科病院は全国でもまだ少ない。尾根田さんは「拘束が減ったから良しではなく、患者さんの尊厳が守られ、いい状態で過ごせているかどうかが大切。今より良くするためにどうしたらいいか、日々工夫を続けていきたい」と話している。

「拘束は必ず避けられる」精神科医で筑波大教授の斎藤環さんの話

 身体拘束増加の背景には、救急病棟の増加や認知症患者で空きベッドを埋めるという精神科医療の現状がある。面倒を避けたいからと、機械的に拘束しているのではないか。私はどうしても拘束しなければならないケースはないと考える。急性期の患者も、複数の治療チームで丁寧に耳を傾け、患者の安心を確保する「オープンダイアローグ」の手法を使い、非常に危険な場合は保護室に隔離するという方法で「拘束しない」ことは実現できる。

=2018/12/03付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]