【小児がん 母と娘の闘病日記】(3)娘から 不安だった入院の夜

海水浴ではしゃぐ4歳の私
海水浴ではしゃぐ4歳の私
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 私が「急性リンパ性白血病」と診断されたのは9歳。小さい頃からよく病気になったり、友達をつくるのが苦手だったりして、お母さん、お父さんを困らせていたよね。

 昔からテレビCMやアニメのせりふはすぐ覚えるくせに、発病した時のことはよく覚えていません。母の原稿(14、21日掲載)を読んで初めて、当時の様子が分かったという感じです。首を触られて「腫れているね」と言われたことも、かかりつけの小児科に行ったことも、いつの間にか私の記憶から消えていました。

 病気に関して一番古い記憶は、喉の手術をするために病院に行ったこと。それから入院まで、不安でいっぱいの家族とは裏腹に、好奇心旺盛な私は、まるでこれから新生活を始める大学生か社会人のように、初めての経験に期待を寄せていました。手術を怖いと思うこともありませんでした。

 それでも、1人で夜を過ごすのはさすがに不安でした。手術直後は喉の痛みがひどく、しばらく大声で泣きました。退院するまでおかゆしか食べられず、つまらなくて早く帰りたいと願っていました。1週間前の入院する時の気分はどこへやら、退院の日は「もうこんな生活は嫌だ」とうんざりしていました。

 何日かたって治療のために転院すると、広い個室に通されました。初めての入院で独りぼっちの夜の寂しさを知ってしまった私は不安になりましたが、両親が交代で泊まってくれると聞いて安心したことだけは、よく覚えています。

 いろいろな検査を受けて麻酔から覚め、父から「ママは帰ったよ」と聞いた後、また1週間くらい記憶が飛んでいます。こんなふうに記憶は断片的ですが、小児がんと闘う日々で印象に残っていることを一つ一つ書いていけたらと思います。

(山本芙優=北九州市立大2年)

=2019/01/28付 西日本新聞朝刊=

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