【小児がん 母と娘の闘病日記】(4)母から 悲しみの中で入院準備

(左から)母、芙優、優馬、父。私の両親の協力に感謝しています
(左から)母、芙優、優馬、父。私の両親の協力に感謝しています
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 急性リンパ性白血病-。こう診断された芙優(ふゆ)と付き添いの夫を病院に残し、小学2年生だった弟の優馬を預けていた実家に着いたのは夜9時近かったでしょうか。寒く、暗い夜でした。
 優馬はもう眠り、私の両親が心配して待っていました。病名や詳しい治療内容が書かれた紙を見ながら、ただただ泣き崩れるばかり。眠りにつくまで、母と「絶対に大丈夫」と励まし合いました。

 動揺と悲しみの中でも、翌日からの長い入院生活に備えなければなりません。私と夫は付き添いで泊まり込みとなるため、ほとんど家にはいられません。優馬はどうしよう。実家に預け、転校させようか…。相談の結果、母が私たちの家で暮らし、父が一人で実家に残ることになりました。両親が優馬のことを考え「これが最善」と言ってくれたのです。感謝しています。

 優馬にとって芙優は、ほとんどけんかもしない大好きなお姉ちゃん。その姉は帰らず、私たち両親にもほとんど会えない日々を過ごさなければいけません。

 まだ小さな優馬に事情を話すと「分かった」と一言。状況がのみ込めず、寂しさを表現しようにもできなかったのではないでしょうか。その後、荒れて祖母を困らせることもあったようです。小児がんの子どもがいる家庭では、こうしたきょうだいへのしわ寄せは共通の悩みです。

 付き添いは、週5日は私、週2日は夫と決め、簡易ベッドや着替えなど当面、必要な物も買いそろえました。当時、私はピアノを教える仕事をしていましたが、生徒は他の先生にお願いしたり、治療が終わるまで休ませてもらったりしました。夫は会社に事情を話し、有休を利用することができました。親は付き添いと仕事の両立にも頭を悩ませることになります。

(山本章子=がんの子どもを守る会九州北支部代表幹事)

=2019/02/11付 西日本新聞朝刊=

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