「花咲かじいさん」永遠に 開発した早咲き桜を各地に寄贈 日南の花き農家・黒木国光さん死去 [宮崎県]

自宅で「花咲かじいさん」の絵を背に笑顔の黒木国光さん(今年1月)
自宅で「花咲かじいさん」の絵を背に笑顔の黒木国光さん(今年1月)
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JR北郷駅前の「日南寒咲一号」の桜並木(今年1月)
JR北郷駅前の「日南寒咲一号」の桜並木(今年1月)
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 その祭壇には、桜の花を背景に笑顔を浮かべる遺影と、満開の桜の枝が飾られていた-。自ら開発した早咲きの桜「日南寒咲(かんざき)一号」を宮崎県南の学校や公共施設など各地に寄贈して「北郷の花咲かじいさん」と親しまれた、同県日南市北郷町郷之原の花き栽培農家、黒木国光さんが今月亡くなった。90歳だった。

 戦後パラオから古里に復員した国光さん。昼夜を忘れてクワを振るい、妻と荒れ地を開墾した。「正月に咲く桜の花があれば観光の目玉になる」と考え、1951年に山桜などを交配し独自の早咲きの桜を開発。旧日南市誕生にちなみ「日南寒咲一号」と名付け、JR北郷駅前や飫肥(おび)城、学校や幼稚園などに寄贈した。長男の秀一さん(60)は「父は日南で寒咲一号が広まれば、多くの人がやってくると思ったのだろう」と振り返る。

 国光さんは今月3日、妻を病院に軽ワゴン車で送った際「眺めの良い場所に行ってくる。また迎えに来る」と告げた後、行方が分からなくなり、町内の山中の沢で倒れ、死亡しているのが7日に見つかった。外傷はなかった。

 国光さんが寄贈した約20本の日南寒咲一号の桜並木に面した北郷駅近くの斎場で、9日に通夜、10日に告別式があり、延べ約250人が地域おこしの先駆けとなった故人をしのんだ。

 近くに住む宮浦直さん(88)は「温厚で器用な男だった。寒咲一号は彼のシンボル。いつまでも残ってほしい」。地元の公民館長の衛藤重人さん(64)は「若い人も『桜のじいちゃん』と呼んでいた。もっと多くの市外の人にも寒咲一号を知ってもらいたい」と話した。

=2017/04/12付 西日本新聞朝刊=

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