国の名勝「棲霞園」 名誉教授らが整備30年 美しいたたずまい守る 所有の平戸松浦家「観光活用を」 [長崎県]

南九州大OB(左)の解説に耳を傾ける来場者たち
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公開を前に清掃に励む永松名誉教授(右端)とOBたち
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 平戸市岩の上町の国の名勝に指定されている棲霞(せいか)園。江戸時代に造られた平戸藩主の別邸はここ30年にわたって南九州大(宮崎県)の永松義博名誉教授(67)や同大OBの尽力で保存整備され、今も美しいたたずまいが残る。今後は市に移管し、当時と同じく市民の交流の場へと要望する声が上がっている。

 大型連休最終日の6日、特別公開され、180人が訪れた同園。平戸松浦家第35代松浦熈(ひろむ)が1829(文政12)年、平戸港を見下ろす平戸城の北西側斜面と平坦な芝生地の約5千平方メートルに約20年がかりで造営し、住民らとの交流の場として賑わった。一時、荒れていた庭園だが、名園の重要性を知る永松氏らが保存整備に汗を流した。特別公開直前の3日間も池の清掃や高木のせんてい作業などに励んだ。

 整備が進むにつれ「1864(元治元)年製作の『御花畑絵図』と符号するのが喜びだった」と永松氏。同氏らの長年にわたる熱心な“平戸通い”は市側を動かし、2013年の国の名勝指定後の2年間、一定の保存整備委託金を支給。今年は市職員や文化財の発掘調査に携わる女性6人も手入れ作業に加わった。「今のうちに永松先生の手法を学ばなければ」との思いからだ。

 同園は現在、同家第37代当主だった松浦弘氏(2009年没)の妻三枝子さん(75)が所有。敷地内に暮らす三枝子さんは「庭園を市の観光振興に役立ててほしい」との亡夫の遺言を胸に、市に移管したいと願っている。「それが整備に尽くしてこられた永松先生に報いる道でもあります」。永松氏も「藩主時代のように、ここが文化活動や観光交流のカルチャーセンターとして再現されたら理想的」と市の管理による期間限定公開を思い描く。

 市民コーラスに参加するなど文化活動に熱心な同市新町の会社員森公子さん(57)は「真夏の夕べ、お酒を傾けながらジャズが聴けたら」と提案。公開日に訪れた同市田平町の楽器作り職人の百枝史朗さん(61)も「中秋の名月の宵、ヨーロッパの古楽器を演奏すれば、歴史ある平戸ならではの雰囲気が醸し出せる」と目を輝かせた。

 潜伏キリシタン関連の世界遺産登録勧告に沸く同市のシンボルの一つ、平戸城の眼下に連綿と保たれてきた“平戸遺産”の「運用」に期待を寄せる市民は少なくない。

=2018/05/11付 西日本新聞朝刊=

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