カネミ被害の教訓を未来に 発覚50年、五島で初の市民講座 研究者の下田さん「なお状況深刻」 [長崎県]

初の市民講座で話す下関市立大名誉教授の下田守さん
初の市民講座で話す下関市立大名誉教授の下田守さん
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 国内最大の食品公害、カネミ油症発覚から50年となるのに合わせ、被害が多かった五島市が19日、油症の歴史などを学ぶ初の市民向け講座を始めた。1回目の講師を務めたのは、専門外にもかかわらず学生時代から被害者の調査をライフワークとする下関市立大(山口県)名誉教授の下田守さん(69)。「50年たってもまだ取り残されている人はいる」。被害者に寄り添ってきた研究者は被害の歴史となお続く苦しみを訴え、受講した島民らは耳を傾けた。

 初回の講座は37人が受講。下田さんは約1時間半、油症被害の原因や被害の実態、その後の支援などの歴史を丁寧に説明した。

 市や被害者団体などでつくる「カネミ油症事件発生50年事業実行委員会」の会長も務める下田さん。カネミ油症との“出合い”は偶然だった。1970年、東京大理学部2年の頃、書店で油症に関する本を目にした。水俣病などの公害に関心があったことから、次第にのめり込んだ。東京の被害者と会い、五島市にも何度も訪れ、聞き取りを続けた。被害者へのカンパ集めや、損害賠償請求訴訟の支援にも携わった。

 専門は数学。数学基礎論の研究を続ける傍ら、2000年頃から油症被害の本格的な調査研究に取り組み、学会やシンポジウム、雑誌などで被害の深刻さを発信し続けた。

 カネミ油症は世界でも例のないダイオキシン類の被害。「油症に詳しい医者は少なく、患者は適切な医療を十分受けられない状態が続いた」。この日も、理不尽な苦しみを受けた被害者への思いが口に出た。12年の法成立で救済制度は前進したが、69年以降に生まれた2世や3世は認定対象外。根本的な治療もまだだ。

 被害の届け出は全国で1万4千人いたとされるが、実際にはもっと多い可能性を指摘してきた下田さんは「被害の全体像が不鮮明で多くの被害者がなお深刻な状況にあるという点では、根本的な構図は発覚当時とほとんど変わっていない」と訴えた。

 「黒い赤ちゃん」のような、イメージ先行の偏見が残る経緯にも触れ「今こそ被害の詳細な実態調査のほか、被害者の生活支援や人権の回復に努めることが課題だ」と語った。

 講座は市と同実行委員会の共催で、10月までの毎月計6回開く。今後は、島内在住の認定患者や訴訟弁護団、被害者支援団体関係者らが講師を務める。市国保健康政策課は「地域に大きな被害をもたらした被害の教訓を未来につなぐため、多くの人に足を運んでもらいたい」と語る。市外の人も受講できる。いずれも無料。市国保健康政策課=0959(74)5831。

【ワードBOX】カネミ油症と五島

 1968年、西日本一帯でカネミ倉庫(北九州市)製造の米ぬか油を摂取した人たちが、皮膚炎や肝機能障害などの被害を届け出た食品公害。油の製造工程でポリ塩化ビフェニール(PCB)などが混入し、熱で強毒性のダイオキシン類に変化したのが主因とされる。69年7月までに、福岡、長崎両県を中心に約1万4千人が体の吹き出物や手足のしびれなどの健康被害を訴えた。長崎県によると、公的支援が受けられる認定患者は2318人(昨年12月末時点、死亡者を含む)。そのうち五島市だけで873人(今年3月末時点)を占める。被害が集中した理由ははっきりしていない。

=2018/05/20付 西日本新聞朝刊=

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