「時間との闘い」300人から戦争体験 語り継ぐ男性の使命感 [長崎県]

壱岐市郷ノ浦町初山地区に建つ「B29尾翼部 墜落地」の石碑を指さす立山淳さん
壱岐市郷ノ浦町初山地区に建つ「B29尾翼部 墜落地」の石碑を指さす立山淳さん
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1944年、壱岐市郷ノ浦町に墜落した米軍の爆撃機B29とされる機体の一部(赤木写真館提供)
1944年、壱岐市郷ノ浦町に墜落した米軍の爆撃機B29とされる機体の一部(赤木写真館提供)
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 壱岐市のJA壱岐市武生水出張所長、立山淳さん(51)が、壱岐で戦争を体験した人や遺族の証言を集め、小中高生などに伝える活動をしている。聞き取った人はおよそ300人。「壱岐での戦争体験」を若者に語り継ぐ使命を感じている。

 小学1年の時に、戦時中に旧満州(現在の中国東北部)の部隊にいた祖父から、旧ソ連兵に包囲されて応戦したことなど、数々の体験を聞いたことがきっかけで、戦争に関心を持つようになった。「魚釣りや田植え、風呂を沸かすまきをのこぎりでひく時など、しょっちゅう戦争の話を聞かされた」と笑う。

 中高生になると、旧海軍の零戦搭乗員だった坂井三郎さんの著書「大空のサムライ」や、旧日本軍の戦艦大和の生存者らを描いた辺見じゅんさんの著書「男たちの大和」など戦争関連の本を読みあさった。「戦争は家族から幸せな暮らしを奪い、子どもたちから夢と未来を奪う」。戦記などを読む中で、そういう思いを強くした。

 高校を卒業後、地元の農協に就職。社会人になってからは戦争を知る壱岐在住の人たちを訪ね、体験を聞くようになった。2012年春、異動で島を出る人たちを港で見送る際、空襲にあった壱岐の小学校のことや、壱岐在住の戦艦大和の元乗組員など、それまで聞いていた証言を当時の小学校校長に話した。すると「子どもたちにも、ぜひ話してほしい」。その年8月9日の小学校の集会で、戦争体験者の証言を本人に代わって初めて講話。語り部としてのデビューだった。

 聞き取りや講話は仕事の合間を見て行い、昨年まで地元の小中校や市民グループなどに招かれ計30回以上語っている。語り部活動を始めた12年以降だけでも、話を聞いた戦争体験者などは約300人になる。「戦争体験者や遺族は高齢化し、亡くなる人もいる。証言を集めて後世に伝えることは、時間との闘いにもなっている」

 戦艦大和の元乗組員や太平洋戦争末期に旧日本海軍が造った特攻艇「震洋」の元乗組員、シベリア抑留体験者、満州からの引き揚げ者、長崎に原爆が投下された直後に救護のため、被爆地入りした人…。特に印象に残った約80人は聞き取りの様子を自ら撮影した映像をディスクに収録している。行政とも協力し、将来は記録として保存し、講話などで活用できればと思っている。「若い世代にはやはり映像だと伝わりやすく、戦争をより身近に感じてもらうことができる」からだ。

 今年は初山小や市民グループなど4カ所で講話する。初山小では8月9日に予定している。終戦の前年、九州本土を空襲後、壱岐上空の空中戦で撃墜された米軍の爆撃機B29が初山地区に墜落、炎上したこと、その後、搭乗員がどうなったか、墜落地付近に建立された石碑などについて語るつもりだ。

 「戦争体験者の生の声を聞いた者として、次の世代に伝えなければならない。語り部として、今後も要請があれば活動を続けていく」と話す。

=2018/07/12付 西日本新聞朝刊=

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