「人間の鎖」にハワイの17歳 長崎原爆の日 [長崎県]

日本の高校生らと共に「人間の鎖」に参加する(左から)メーガン・タガミさんとブルーク・ボルトンさん
日本の高校生らと共に「人間の鎖」に参加する(左から)メーガン・タガミさんとブルーク・ボルトンさん
写真を見る

 今年も核兵器なき世界の実現を願って全国各地や海外から若い世代が8・9のナガサキに集った。爆心地公園で120人が手をつないで原爆落下中心地碑を囲む「人間の鎖」。この中に、米国からやって来た女子高校生2人の姿があった。長崎の高校生平和大使の呼び掛けで、原爆投下国からの招待が初めて実現した。

 舞台裏で奔走したのは3月まで高校生だった同志社大1年の安野伊万里さん(18)と、京都外国語大1年の野瀬舞伽さん(18)。

 今年2月、2人でハワイを訪問。自力でオバマ前米大統領の妹マヤ・ストロさんに面会し、オバマ氏の長崎訪問への協力を求めた。地元の高校生と交流する中で、原爆投下について正確に知られていないことに気付かされたという。「まず伝えることから始めなければ」。日本に戻って募金活動を行い、周囲の支援もあって渡航費を捻出した。

 来日したのはホノルルの伝統校イオラニスクールに通う高校3年生、ブルーク・ボルトンさん(17)とメーガン・タガミさん(17)。米国内では広島と長崎への原爆投下について「正しかった」とする世論が根強く残るが、「多くの人命を無差別に奪う方法が間違っても正当化されてはならない」と声をそろえる。

 とはいえ、2人は原爆被害を詳しく知っているわけではなかった。「投下日時や犠牲者数は調べられても、ヒバクシャの気持ちはどんなものなのか…」。長崎に派遣されることが決まり、学びを深めたが、被爆者が抱く感情については想像することもできなかった。原爆投下国の人間として、どこか接するのが怖い気持ちもあったという。

 2人は、10歳の時に爆心地から800メートルの防空壕(ごう)で被爆した長崎原爆遺族会顧問の下平作江さん(83)の講話を8日に聞いた。母、姉、兄を奪われ、生きることの苦しさから、後に妹が自殺した悲劇を知った。「原爆は生かされた者にも非人間的な後遺症を与えた」とタガミさんは感じた。

 ハワイは日本海軍による真珠湾攻撃を受けた地。太平洋戦争が始まるきっかけとなった奇襲だった。ボルトンさんは「単純には比べられないが、多数の市民を巻き込んだ原爆投下も罪は重い」と考え、タガミさんは「加害の連鎖という最悪の結末しか生まなかった」と捉えている。

 「原爆、戦争は悲しみしか生まない」と確信して迎えた長崎原爆の日。午前6時50分、中高生が人間の鎖をつくって一つに。輪の正面に立ったボルトンさんは高ぶった。「長崎での経験をハワイに持ち帰る。街と体と心を傷つけ、破壊した原爆の愚かさを一人でも多くの人に伝えたい」。つないだ手を天高く突き上げ、誓った。

=2018/08/10付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]