高島秋帆の功績を紹介 江戸期長崎の町年寄・砲術家 シーボルト記念館で特別展 [長崎県]

高島秋帆が門人にあてた書簡と自筆の絵。全裸で読書をする自分の姿を描いている。長崎歴史文化博物館の所蔵品
高島秋帆が門人にあてた書簡と自筆の絵。全裸で読書をする自分の姿を描いている。長崎歴史文化博物館の所蔵品
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秋帆の自筆が刻まれた、砲弾を模した鉄瓶。砲術家ならではの品物で、高弟の大木藤十郎に伝わった
秋帆の自筆が刻まれた、砲弾を模した鉄瓶。砲術家ならではの品物で、高弟の大木藤十郎に伝わった
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砲弾を発射する際に使う台を模した盃。秋帆が作ったとみられ、こちらも大木に伝わった
砲弾を発射する際に使う台を模した盃。秋帆が作ったとみられ、こちらも大木に伝わった
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 江戸時代、長崎の町年寄として行政を取り仕切り、砲術家として西洋技術を積極的に導入した高島秋帆(しゅうはん)(1798~1866)。その足跡と功績を紹介する特別展「秋帆がゆく」が長崎市鳴滝のシーボルト記念館で開かれている。

 長崎町年寄は、長崎奉行の支配を受けつつ、実質的に町の運営や貿易業務に携わった役人。秋帆は出島に出入りし、西洋文化の知識を深めた。異国の脅威が高まると、長崎警備を強化するために砲術を学ぶ。西洋砲術を取り入れた「高島流砲術」は佐賀や薩摩など各地に広まった。現在の東京都板橋区高島平で、秋帆が行った日本初の西洋式調練の様子を描いた絵図(複製)などが会場に並ぶ。

 順風満帆の人生だったが、謀反や不正を疑われ、1842年に逮捕される。展示の目玉が、この時期、門人に送った書簡と自筆の絵。暑さに耐えかね、全裸で本を読む自分の姿を軽妙なタッチで描いた。写真に残る秋帆は強面なだけに、クスッと笑ってしまう。

 釈放された1853年にペリーが来航する。攘夷(じょうい)論が多数を占める中、秋帆は開国通商を説いた。「貿易に携わった経験、砲術などの知識に裏付けられた見識は卓越している」と織田毅館長。秋帆が持論を展開した「嘉永上書」も展示されている。後世の評価は地味な印象もあるが、長崎で育まれた秋帆の先見性は、坂本龍馬ら幕末の志士に勝るとも劣らない。

 11日まで。一般100円ほか。

=2018/11/01付 西日本新聞朝刊=

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