黒島天主堂に有田焼タイル 聖書と信者結ぶ文様を祭壇一面に 佐世保 [長崎県]

黒島天主堂の主祭壇(内陣)に敷き詰められた有田焼のタイル
黒島天主堂の主祭壇(内陣)に敷き詰められた有田焼のタイル
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タイルの文様をデザインした土産品
タイルの文様をデザインした土産品
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改修が始まる黒島天主堂
改修が始まる黒島天主堂
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 江戸時代の禁教下でキリスト教信仰が貫かれ、集落全体が世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に登録された佐世保市の黒島。島の精神的支柱である国指定重要文化財「黒島天主堂」には、日本初の磁器タイルである有田焼タイルが敷き詰められている。

 タイルはミサが執り行われる祭壇一面に約18センチ角で敷かれ、染付(そめつけ)の藍と白が清らかなコントラストを織り成す。幾何学的な構図の中に十字架が草花の姿で描かれ、華やかだ。近年の研究でイチジクとナツメヤシ、アーモンドをモチーフにしたことが分かってきた。

 大山繁神父(72)は「旧約聖書のネヘミヤ記8章15節に文様のモチーフがあります。ユダヤ人がエジプト脱出時の流浪の苦労を忘れないため、ナツメヤシなどで仮の庵(いおり)を作るように書かれているのです」と話す。タイルの所々にある「X」の文字はイエス・キリストを意味する。

 神の国、エルサレム建国までの苦難を忘れまい-。そのメッセージは潜伏キリシタンの「復活」。禁教が解け、教会の中でカトリックとして信仰の自由を得られた黒島の信者の歩みが重ねられていた。

    ◇      ◇

 黒島には19世紀に外海や生月島、五島からキリシタンが移住した。荒れ地を耕しながら信仰を守り、明治に入ってカトリックの洗礼を受けた。

 1902年、この地に赴いた元建築士のマルマン神父は「神の家」としてロマネスク様式の教会を建設。最も大切な祭壇の床面に、聖書と黒島の信者を結ぶ文様をデザインしたタイルを敷いた。

 マルマン神父の思いを形にしたのは、佐賀藩の統制が解け、西欧の万国博覧会を舞台に世界市場進出に燃えていた有田だった。マルマン神父は進取の気性に富み、長崎との縁も深かった有田の松尾窯にタイル制作を依頼。窯主の松尾徳助は最新技術の銅版転写で磁器タイルの焼成に成功した。

 ひ孫の松尾博文さん(86)=神奈川県=は「おじから黒い服の神父が窯に来ていたと聞いていました。私が戦後、朝鮮から引き揚げてきた時も本家の庭にこのタイルの試作品がばらばら落ちていて、カボチャを作ろうと耕しても次々出てきて畑にならなかったものです」と振り返る。

 黒島公民館長の山内一成さん(63)は「マルマン神父は信者代表と有田へ行き、タイル1800枚を受け取ったと伝えられています」と語る。その際、制作途中で上絵がついていない大花瓶を譲り受け、教会で長くクリスマスツリー入れに使っていたそうだ。

 黒島天主堂は18日から耐震化や補修の工事が始まり、終了予定の2020年10月まで内部の見学はできない。タイルは保存される。改修中に何らかの記録が新たに発見されることも期待されている。

=2018/11/07付 西日本新聞朝刊=

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