筋骨隆々の弥生人? 佐世保市の高島「宮の本遺跡」 太い上腕の人骨出土 [長崎県]

宮の本遺跡で見つかった弥生時代の男性の骨。上腕骨が太い特徴が確認された
宮の本遺跡で見つかった弥生時代の男性の骨。上腕骨が太い特徴が確認された
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宮の本遺跡で出土したイモガイ製の腕輪。女性が身につけていた(佐世保市教委提供)
宮の本遺跡で出土したイモガイ製の腕輪。女性が身につけていた(佐世保市教委提供)
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 筋骨隆々の弥生人の集団が西北九州にいた-。佐世保市・高島の「宮の本遺跡」でこの夏、上腕骨が一般的な弥生人よりも一回り太い、約2千年前の人骨が出土した。人類学者によると、西北九州の離島で見つかった弥生人骨には、こうした特徴があるという。「弥生文化=農耕社会」と思われがちだが、高島の弥生人は異なる暮らしをしていたようだ。

 高島は九十九島の一つで、本土の相浦港から海上タクシーに20分ほど揺られて渡る。その先には世界文化遺産の黒島天主堂で有名な黒島が浮かぶ。

 遺跡の発掘調査は昭和50年代に行われ、弥生時代の墓地で人骨約40体が出土した。市教育委員会は2016年から範囲を広げて調査を再開。今年8月、箱式石棺墓2基から男女各1体の人骨を取り出した。

 骨を分析した国立科学博物館の海部陽介・人類史研究グループ長は「この男性は同じ時代に福岡平野で出土した人骨に比べ、上腕骨が太い」と話す。大腿(だいたい)骨の股関節から推定して身長158・2センチ、体重77・2キロ。がっしりした体格で縄文人の系譜という。宇久島や平戸島で出土した弥生人骨も同様の傾向があり、海部さんは詳しく調べている。

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 スポーツ選手の骨が太いように、高島の弥生人も何らかの“運動”をしていたのか。日本人の起源を探っている海部さんは、弥生時代に始まったとされる「貝の交易」に着目する。

 その手掛かりが、宮の本遺跡で1978年に出土したイモガイ製の腕輪。女性の人骨が身につけていたもので、イモガイは沖縄近海でしか採れない。弥生時代、北部九州の有力者は南海産の貝を珍重したため、高島は交易の中継地だった可能性がある。高島の弥生人が船で貝を運んでいた、と海部さんは考えているのだ。

 西北九州の弥生人が南海へ渡った足跡は見つかっている。西北九州特有の墓制が沖縄で確認され、縄文時代晩期の佐賀・腰岳産の黒曜石が沖縄で大量出土したとの報告もある。熊本大の木下尚子教授(考古学)は「西北九州沿岸の全ての弥生人が交易したとは言えないが、福岡平野の農耕社会を支えるダイナミックな海人の世界があった」と推測。その行動様式は縄文時代から続いている、とも指摘する。

 酸性土壌の九州本土では人骨が残りにくいが、宮の本遺跡は海岸だった砂浜の地層にあるため、保存状態がよい。100体以上の人骨が残されているという。ただ、不思議なことに、これまでの発掘調査で集落跡は発見されていない。目と鼻の先に本土が見えるのに、なぜ、彼らは高島を選んだのか。佐世保市教委の松尾秀昭学芸員は「考古学では分からない点を人類学で分析し、弥生時代の葬送儀礼や当時の生活の様相を明らかにしたい」と語る。多様な弥生社会が、長崎の離島から浮かび上がることを期待したい。

=2018/12/15付 西日本新聞朝刊=

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