「佐世保遊里考」に反響 遊郭の歴史を克明に記す 82歳の元教諭 自費出版400冊完売 [長崎県]

「佐世保遊里考」に掲載されている佐世保券番の芸妓たち(写真帳「葉港の華」から)
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「佐世保遊里考」を執筆した山口日都志さん
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 佐世保市大和町の山口日都志さん(82)が自費出版した「佐世保遊里考」(芸文堂)が反響を呼んでいる。佐世保の遊郭の歴史を克明に記した初の著書は400冊を完売し、佐世保文学特別賞に選ばれた。山口さんは「これまで触れられなかったテーマを書いて良かった。反響の声がうれしい」と喜んでいる。

 山口さんは旧鹿町村(現佐世保市鹿町町)生まれ。県内の小中高校で社会科の教諭として働きながら、郷土史の研究を続けた。1997年に定年退職した後、2002年の市制100周年に向け、市嘱託職員の立場で佐世保市史などの執筆や編さんに関わった。

 研究テーマは近現代史。「歴史好きの中では戦国時代や幕末が人気。私は誰もやっていないことを研究しようと思った。鹿町が炭鉱の町なので、近現代に関心が向いた」。やがて遊郭を調べるようになった。

 山口さんによると、佐世保に軍港を設置することが決まった1886(明治19)年ごろから、街の風俗が変わり始めた。翌年、木風町に「木風遊郭」の設置が認められ、海軍や工事の関係者がお得意様となった。

 明治中期から後期は、勝富町に「小佐世保遊郭」、名切町と花園町に「花園遊郭」ができる。

 〈客すじも自然と小佐世保が士官や町の旦那様、名切は水平や一般庶民と分かれた〉(佐世保遊里考)

 終戦後、山県町にできた「山県遊郭」には駐留する米軍兵士が通った。

 山口さんは芸妓(げいぎ)、娼妓(しょうぎ)の数や収めた税金の額、流行した病気、取り締まり規則などの記録や資料を時代ごとに記録。佐世保が歩んだ歴史をこうつづった。

 〈戦争によって繁栄する経済界、商店街、遊郭、花街、歓楽街。海軍に依存する市民の大多数。佐世保という街は誕生するとともに、国民の平和を願う思いとは背反した道をたどる宿命を負っていた〉

 著書の副題は「女性哀史 懸命に生きた女たち-遊女・芸者・娼妓・女給・夜の女-」。そこにはある種の感慨が込められている。「時代に翻弄(ほんろう)された女性を書くことにより、佐世保の一つの時代を記録することができた。懸命に生きた女性の姿を書いたが、それは悲しい歴史だった」

 「佐世保遊里考」は佐世保市立図書館などで読むことができる。

=2019/01/17付 西日本新聞朝刊=

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