壮絶体験乗り越え成長 平和への思いより深く 被爆者のPTG分析、准教授に聞く [長崎県]

被爆者とPTGについて語る開浩一准教授
被爆者とPTGについて語る開浩一准教授
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※米国の心理学者カルホーン、テデスキー両氏のモデルを基に作成
※米国の心理学者カルホーン、テデスキー両氏のモデルを基に作成
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 原爆被爆者には、自身の壮絶な体験から平和を希求し、戦後の平和や核兵器廃絶運動をけん引してきた人が少なくない。平成が終わろうという今、次の世代は被爆者の思いをどう受け継げばいいのか-。犯罪や災害など非常につらい体験からの人としての成長を指す心理学の用語「ポスト・トラウマティック・グロース」(PTG)の視点から被爆者の思いを分析した、長崎ウエスレヤン大現代社会学部の開(ひらき)浩一准教授(心理学)に聞いた。

 PTGは1990年代に米国の心理学者が提唱した概念だ。「心的外傷後成長」とも訳され、東日本大震災の被災者を対象にした研究では被災の度合いが大きいほど、より強く「人との絆を大切にするようになった」「古里を誇りに思うようになった」とされる分析結果などが報告されている。

 開さんは言う。

 「苦しみが克服されるわけではない。苦しみと心の成長が共存するというイメージ。成長には(1)他者との関係(2)新たな可能性(3)人間としての強さ(4)精神性的な変容(5)人生に対する感謝-の五つの領域があるとされていますが、その度合いは人種や文化など体験者の属性によって異なりますね」

 私たちの日常生活は「世界は安全」「世界で起きることは理解可能」「自分は価値がある人間」といった前提で成り立っている。こうした前提が一気に崩れる「世界観の崩壊」が、PTGのきっかけになると考えられている。

 心理学では、「世界観の崩壊」に至るような体験をした人をサバイバー(生存者)と呼ぶ。

 「74年前に投下された原爆は、核兵器を知らない当時の人々には理解不能でした。街を破壊し、市民を無差別に殺りくして、広島や長崎の人々に『おまえは生きる価値がない人間だ』と突き付けた。原爆はたった1発で、サバイバーの世界観を一気に崩壊させる爆弾だったのです」

    ■   ■

 開さんが長崎原爆の被爆者にインタビューしたのは2010年。被爆当時5~15歳だった男性4人と面談した。焼け跡で拾った肉親の骨、やけどで皮膚が垂れ下がった友人の姿-。それぞれの被爆体験やその後の暮らし、心境の変化などを尋ね、個別に分析した。

 開さんが強く感じたのが、五つの領域に分類されるPTGのうち「他者との関係」だったという。

 「世界が平和であってほしい、国境を越えて戦争をなくしたいという思いが被爆者には特に強い。自分のような被爆体験を誰にもさせたくないというPTGですね」

 「世界観の崩壊」は「情動的苦悩」(苦しみ、怒りなどの感情)や「侵入的思考」(つらい記憶がよみがえるフラッシュバック)を招く。それを和らげ、自身の体験の意味を考える「意図的熟考」やPTGへの移行を促すのが、身近な人に自身の体験を聞いてもらう「自己分析・自己開示」や、社会のサポートを受ける「社会文化的影響」だ。

 例えば性的暴行の被害者に対して「あなたにも落ち度があった」と周囲が責めれば、被害者は口を閉ざしたまま苦しみ続け、PTGにはつながりにくい。

 「社会の理解があってこそのPTG。でも被爆者にとっての戦後は必ずしもそういうサポートが受けられなかった時代ではなかったか」

 多くの被爆者は就職や結婚で差別され、被爆体験を身近な人にも語れなかった。インタビューした4人はいずれも自身が被爆者であることを公表しているが、PTGに至ったとしても心の傷が消えることはない。

 「戦後の核兵器廃絶運動には、被爆者それぞれのものすごい苦しみや葛藤があり、それは今も続いている」と開さんは強調する。

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 開さんがPTGに注目するようになったのは、自身の体験が影響している。

 19歳の時に交通事故に遭い、頸椎(けいつい)を損傷。車いす生活を余儀なくされ、家族や友人の支えを受けるうちに「自分も誰かの助けになりたい」と思うようになった。福祉を学ぶため長崎ウエスレヤン大に入学。その後、米国に留学して心理学を専攻した。

 「帰国後、実習に訪れた小学校で児童から『車いす生活になって良かったことは何ですか』と尋ねられ、衝撃を受けた。このつらい体験から私が得たものは何だろう、と」

 当時、国内ではあまり知られていなかったPTGを研究のテーマに選択。雲仙・普賢岳災害の被災者を対象にした分析にも取り組んだ。

 PTGは誤解されやすい概念でもある。成長の面に焦点を当てるあまり、そのつらい体験を周囲が肯定的に捉え、被害者をさらに傷つける危険性もある。開さん自身も「被爆者の苦しみや思いだけを切り取ってPTGに当てはめてると、被爆者自身から違和感をもたれるかもしれない」と悩む。

 心理学では「代理性PTG」という言葉がある。カウンセラーや精神科医がサバイバーの体験を臨床的に聞くことで、自身も同じように成長を遂げるプロセスを指す。

 「私も被爆者への聞き取りを経て、核実験のニュースに敏感に反応するようになるなど平和に対する意識が強くなった。被爆者の話に耳を傾けたり、体験記を読んだりすることで、壮絶な体験から得た被爆者のPTGを受け継ぐことはできると思う」

=2019/03/14付 西日本新聞朝刊=

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