飯塚事件、目撃証言警察が誘導? 弁護団「聴取前の下見報告書存在」

被害女児の遺体やランドセルなどが遺棄されていた八丁峠=7日、福岡県朝倉市
被害女児の遺体やランドセルなどが遺棄されていた八丁峠=7日、福岡県朝倉市
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 福岡県飯塚市で1992年に女児2人が殺害された「飯塚事件」の再審請求即時抗告審で、久間三千年(みちとし)元死刑囚=執行時(70)=の有罪認定を支える柱の一つだった目撃証言の信用性が焦点となっている。女児のランドセルなどが遺棄された現場近くで「紺色で後輪がダブルタイヤ」の不審車両を見たとする男性の供述調書を作成した県警の当時の巡査部長が聴取の2日前に元死刑囚の車を「下見」したとされており、西日本新聞は元巡査部長らを取材。これを踏まえ弁護側は「下見の捜査報告書が存在し、証言の誘導を裏付ける記述がある可能性が高い」とし、開示勧告を求めるため福岡高裁に面談を申し入れる方針を固めた。

 再審請求審の地裁決定は、県警の元警部補作成の捜査資料(92年10月15日付)に下見とみられる記載があることを踏まえ、元巡査部長が調書作成の2日前の同年3月7日時点で「(元死刑囚の)車の車種や特徴を把握していた可能性は相当高い」と認定している。

 西日本新聞の取材に対し元巡査部長は「下見した覚えはない」と説明。一方で「当時は徹底した組織捜査。すべて班長の指示で動き、報告書は成果がなくても毎日書いていた」と話した。元警部補も「下見の報告書は記憶にない」としたが、自身がまとめた捜査資料は「各捜査員の報告書や供述調書を基に作った。多くはざら紙に書かれた報告書で、疑問点を個別に尋ねることもあった」と答えた。

 弁護団の徳田靖之共同代表は「2人の話を総合すると下見をした捜査報告書が存在することは明らか。捜査本部の指示内容が記載されている可能性がある」と指摘。「見込み捜査の下、元死刑囚の車を事前に確認し、その特徴に合う目撃供述を引き出すため捜査本部が下見を命じたのではないか」と推測する。

 弁護団によると、即時抗告審で検察側は「下見の報告書は存在しない」と説明。裁判所も開示勧告の要請に応じず、審理は5月の3者協議で終結した。

 福岡高検の秋山実次席検事は取材に「再審請求事件について個別の内容には答えられない」としている。

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■証言が日を追い詳細に

 被害女児2人のランドセルなどが遺棄された福岡県朝倉市・八丁峠の現場近くで事件発生の1992年2月20日、運転中に不審車両を見掛けたという男性の目撃証言の信用性については、当初の公判段階から争われてきた。再審請求後に検察側が証拠開示した捜査資料からは、車の特徴に関する証言が日を追って詳しくなっていった不自然な経緯も浮かび上がっている。

 県警の当時の巡査部長が作成した捜査報告書や供述調書によると、目撃者の男性は事件から10日余り過ぎた3月2日、元巡査部長に対し、車の運転中に「紺色ワゴン車を見た」と説明。4日には「後輪がダブルタイヤで、ガラスに何か貼っていた」と話した。

 9日には(1)普通の標準タイプのワゴン車(2)トヨタや日産ではない(3)やや古い型(4)車体にラインは入っていなかった(5)タイヤのホイールキャップに黒いラインがあった-などとする供述調書が作成され、車のそばにいた不審人物についても頭髪や服装の細かい特徴が記された。

 当時、久間三千年元死刑囚が使用していた車は後輪がダブルタイヤのマツダ「ボンゴ」。購入時にあった特徴的なラインを自ら剥がしていた。確定判決は不審車両の特徴が元死刑囚の車と一致するとして、有罪認定の根拠の一つとした。

 しかし、目撃現場は山中の急カーブ。目撃者は、下りカーブを時速25~30キロで運転しながら、対向車線側の道路脇に駐車した車両や人物を10秒余りの間に詳しく確認したことになる。弁護団は「下見で確認した元死刑囚の車の特徴に合わせた内容に供述が誘導されていった結果、詳細すぎる内容になった」と指摘する。

 「下見」の裏付けとなったのが、元巡査部長らの捜査報告を基に作られた92年10月15日付の捜査資料。検察側は当初、一部を黒塗りにしていた。裁判所の全面開示勧告で、元死刑囚の車に関する「捜査結果」の一覧表が明らかに。目撃者の供述調書作成前の3月7日の欄には「捜査員現認」として「ラインはなかった」との記載があった。

 弁護団は「ラインの有無は県警が元死刑囚の車と目撃車両を一致させる大きな要素。検察側は最後まで捜査の経過を隠そうとしていた」と批判、下見の捜査報告書の開示を求めている。

 元巡査部長は取材に対し「死刑判決が出るような事件。誘導も何もない」と強く否定した。

【ワードBOX】飯塚事件

 1992年2月20日、福岡県飯塚市で小学1年の女児2人=ともに当時(7)=が行方不明になり、翌21日に同県甘木市(現朝倉市)の山中で遺体が見つかった。94年に殺人などの容疑で逮捕された久間三千年元死刑囚は一貫して無罪を主張。福岡地裁は死刑を言い渡し、高裁も支持。2006年10月に最高裁で確定し、08年10月に刑が執行された。捜査への導入後間もないDNA型鑑定が有罪認定の根拠の一つとなったが、同じ手法が使われた「足利事件」の再審では証拠能力が否定され、無罪判決が出ている。元死刑囚の妻が09年10月に再審請求。福岡地裁は14年、DNA型鑑定は「直ちに有罪認定の根拠とすることはできない」と事実上“排除”しながらも「他の状況証拠で高度な立証がなされている」として請求を棄却。弁護側が福岡高裁に即時抗告した。

=2017/12/22付 西日本新聞朝刊=

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