【検証飯塚事件・2.6高裁決定を前に】26年 峠には2人の地蔵

女児2人の遺体が見つかった現場付近にたたずむお地蔵さん=1月31日、福岡県朝倉市
女児2人の遺体が見つかった現場付近にたたずむお地蔵さん=1月31日、福岡県朝倉市
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 福岡県飯塚市から朝倉市に向かう国道322号の通称八丁峠。その「第5カーブ」付近の岩陰に、誰が置いたのか、2人並んだお地蔵さんがたたずむ。手製の看板には「平成四年に遭難された七歳の二人の少女を祀(まつ)ります」とある。

 1992年2月21日。ここで前日から行方不明だった飯塚市立潤野小1年の女児2人が遺体で発見された。「わが子とあまり年が違わない幼子が2人も。犯人への憎しみが湧いた」。県警捜査1課から駆け付けた元特捜班長(74)は振り返る。

 以来、粉雪が舞い込む甘木署の武道場に泊まり込んでの捜査が続いた。「警察官人生でも忘れられない事件」。現場を通るたび、冥福を祈り、手を合わせる。

 潤野小PTA役員だった長崎陽子さん(70)の心にも、深い傷が残る。2日間にわたった捜索活動に加わった。同21日夕。校長室のテレビで遺体発見のニュースが流れると、部屋にいた皆が泣き崩れた。あれから26年。被害女児より1歳年長の四女は34歳になった。2人が最後に目撃された小学校近くの水田は住宅地に変わった。「事件を知らない住民も増えた。事件の風化を感じることもある」

 一方で、事件の教訓を忘れまいとする取り組みは根付いている。飯塚市は事件発生と同じ毎月20日を「学校安全の日」と定め、全小中学校で登校中の児童生徒を地域住民らが見守る。

 その日は市教育委員会幹部も市内を回る。市教育長時代を含め9年間、青パトに乗った片峯誠市長は事件時、潤野小の児童が進学する鎮西中の教諭。傷ついた生徒が不登校などにならないよう心を砕いた。

 潤野小は今春、隣の小学校と統合され、144年の歴史に幕を下ろす。「あの事件を忘れてはならない。毎月巡回する青パトはそのメッセージなんです」と、片峯市長は語った。

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 最後まで無実を訴え続けた元死刑囚の遺族が申し立てた再審請求に対し、福岡高裁は6日、再審可否の決定を出す。関係者への取材を通して事件を検証する。

 飯塚事件 1992年、福岡県飯塚市で女児2人=ともに当時(7)=が行方不明になり遺体で見つかった。94年に殺人などの容疑で久間三千年(みちとし)元死刑囚を逮捕。DNA型鑑定が有罪認定の根拠の一つとなり2006年に死刑確定、08年に執行された。元死刑囚の妻が09年に再審請求したが、福岡地裁は14年3月に棄却。弁護側が福岡高裁に即時抗告した。

=2018/02/02付 西日本新聞朝刊=

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