信望厚い「キャップ」 強い責任感強打で示す 高倉照幸氏死去

高倉照幸氏=2017年12月
高倉照幸氏=2017年12月
写真を見る
西鉄ライオンズの切り込み隊長として活躍した高倉氏(1965年当時)
西鉄ライオンズの切り込み隊長として活躍した高倉氏(1965年当時)
写真を見る

 信望厚い「キャップ」だった。西鉄時代の最後の時期に中西太氏が監督に就任すると、高倉照幸氏はキャプテンを任され、チームメートや記者から「キャップ」と慕われた。

 昭和40年代の人気テレビドラマ「ザ・ガードマン」で、故宇津井健氏が演じた高倉隊長の通称が「キャップ」。高倉氏もお気に入りで、かわいがっていた若手選手に「キャップ」と呼ばれ、浮かべていた笑顔が忘れられない。福岡市の中洲に出したスナックの店名も「キャップ」だった。

 自身を誇ることなく、背中で引っ張るタイプ。活躍に伴って年俸が上がり、厳しい経営が続く球団の経費削減策として巨人へトレードされた際には、多くの選手が「頑張って」と送り出した。

 キャップとして示した責任感の強さは「切り込み隊長」としての打席でも見せてもらった。同じ右打者で福岡ソフトバンクホークスの内川聖一選手のようにバットを体に巻き込むように振って、体のねじれや遠心力を利用した打法。勝負強く、初回先頭打者本塁打をパ・リーグ歴代9位の16本も放つなど、左翼席へたたき込んではライオンズファンを沸かせた。

 同じ1934年生まれという縁もあって呼ばれた自宅でも、よくバットを振っていた。食卓には当時、珍しかったサラミが並び、九州にはほとんどなかった海外の高級スポーツカーを乗り回す。自己を磨いて技術を究める厳しさ、華やかな生活。プロ野球選手というものを教えてくれた一人だった。 (元西日本新聞運動部記者・武冨一彦)

    ◇      ◇

■OBや関係者悼む声

 安部和春・ライオンズOB会幹事長(1963年のリーグ優勝時の胴上げ投手)「稲尾さんが亡くなった後、高倉さんがOB会を世話してくれた。若い世代へのバトンタッチも高倉さんとは話をしてきたが、若い人が表に出てくれるのが一番いい。これからもライオンズを語り続けていかなければならない」

 内山純男・西鉄ライオンズ研究会理事長(ライオンズの歴史を語り継ぐ活動を続けるNPO法人)「草創期に大活躍をされ、ライオンズを思う心は強かった。OB会の世話役として、西鉄OBが減っていくことを心配されていた。驚くとともに、残念でならない」

 松永一成・同理事「現役時代は初球を打つ積極的な打者だった。優れた野球センスがあったからこそだと思う。引退後は少年野球の指導に一生懸命で、新しい選手を育てるとの強い思いがあった。稲尾さんが亡くなった後、福岡在住のOBで一番のスター選手だった」

 基満男氏(西鉄OB)「黄金期のOBが多く亡くなって、本当に寂しそうだった。『基、おまえが頼りだぞ』とよく励ましてもらったことが忘れられない」

=2018/02/13付 西日本新聞朝刊=

高倉照幸さん死去 西鉄黄金期「切り込み隊長」 83歳

西日本新聞のイチオシ [PR]

ボートレース3連単直前予想

西日本新聞のイチオシ [PR]