「死にたくない」熊本地震、学生が初めて語る“あの日” 東海大で卒業式

東海大1年生を前に語り部活動をする橋村さくらさん(右)と飛永渚さん(右から2人目)=15日、熊本県南阿蘇村
東海大1年生を前に語り部活動をする橋村さくらさん(右)と飛永渚さん(右から2人目)=15日、熊本県南阿蘇村
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 熊本地震で学生3人が犠牲になった東海大農学部(熊本県南阿蘇村)の卒業式が19日、熊本市であった。地震の語り部活動の中心を担ってきた4年生は、地震前の人々の穏やかな暮らしぶりと「あの日」の記憶を後輩たちに語り継いでいた。伝えたかったのは、命を守る大切さ。地震を知らない学生が増えても、伝え続けてほしいと願っての活動だった。

 農学部の校舎があった南阿蘇村黒川地区で15日、4年生の橋村さくらさん(22)が地震後に入学した1年生約20人に語り掛けた。「想像しにくいだろうけど、この学生村にはたくさん建物が並んでいたんだ」。指さしたのは周辺地図の看板。約800人の学生が暮らした下宿とアパート68棟の名前が残る。多くは倒壊し、周囲には更地が広がる。

 橋村さんは2016年4月の本震の日、偶然静岡県の実家に帰省していた。テレビで被害を見て「無力で、感情がどこかに飛んでしまった」。1カ月後に村に戻るとボランティアに没頭した。語り部を始めたのは地震から半年過ぎたころ。当時の状況を友人に聞き、村に来る他大学の学生や行政関係者らと向き合った。

 学生も住民も家族のような存在で、部屋の鍵を掛けたこともなかったこと。地震直後、濃密な人間関係で安否確認が素早くできたこと。生き埋めの人を励まし続けたり、がれきの中から住民を救助したりした話などを伝えた。「あの日を知らないのはみんなと同じなんだよ」。そんな思いで語り掛けてきた。

 一方で、語られてこなかった現実もあった。1年生を対象にした15日の語り部活動。学生が亡くなったアパートの跡地で、4年生の飛永渚さん(22)は初めて、地震当時のことを告白した。

 真っ暗闇の中、友人がアパートの下敷きになっていると助けを求められた。余震が続き、携帯電話から緊急地震速報の警報音が鳴り続ける。建物はいつ崩れるか分からない。「死にたくない」。怖くて足がすくんだ。友人は救出されたが、その場にすら行けなかったことは胸の内に秘めていた。「みんながみんな強かったわけじゃない。それを知ってほしい」。ようやく本当の気持ちを吐き出せた。

 4月にはまた、地震も学生村も知らない学生が入学する。「地震の記憶は風化していく。ただ、そこで起こったありのままを伝え継いでほしい」。卒業式会場で2人は後輩たちに思いを託した。

=2018/03/20付 西日本新聞朝刊=

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