荒瀬ダム撤去清流着々 球磨川、3月工事完了 変化富む流れ復活 流域全体の改善課題

荒瀬ダムが撤去され、ダム湖だった場所に急流の「多々良瀬」や中州がよみがえった=3月24日、熊本県八代市
荒瀬ダムが撤去され、ダム湖だった場所に急流の「多々良瀬」や中州がよみがえった=3月24日、熊本県八代市
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 熊本県南部を流れる球磨川にある県営荒瀬ダム(八代市坂本町)の撤去工事が3月に完了した。ダムの完全撤去は全国で初めて。堆積した土砂のヘドロ化で悪臭を放ったダム湖は6年をかけた工事でなくなり、瀬や淵、砂州といった変化に富む川本来の流れが復活している。一方で、荒瀬ダムの撤去だけでは解決しない問題も見えてきた。ダム撤去の効果と課題を考える。

 荒瀬ダム跡から約1キロ上流。坂本住民自治協議会の森下政孝会長(76)は「川がよみがえった」と目を細めた。「子どもの頃は泳ぎながら喉が渇いたら、川の水を飲んだ。ダムがある時代は夏場になるとダム湖がしょうゆを流したように茶色になり、においがした。今は昔の川に戻りつつある」

 住民たちは昨年、ダム跡の近くに球磨川名物のアユの専門料理店を期間限定で開いた。「全国初のダム撤去」の話題性と清流をPRする。

 坂本町は旧坂本村が八代市と合併した13年前よりも人口が2千人近く減り、3600人台。高齢化率は54・5%で老いが進む。「若者を雇用できるように通年営業できないかを模索している。この機を逃さないように頑張らないと」。森下さんは表情を引き締めた。

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 ダム跡から約3キロ下流。漁場を持つ漁師の船津信行さん(67)は「川の小石が増え、入ると足の下がざくざくするようになった。アユの産卵に適した環境になってきた」と顔をほころばせる。ここ数年、アユの漁獲は増えているという。

 熊本県はダムを撤去する際、ダム湖に堆積した土砂約60万立方メートルのうち、河川環境を悪化させる泥土約11万立方メートルを除去。残りは川の健全化に役立つ砂や小石で、治水対策などで10万立方メートルを取り除いた以外は自然に流れるようにした。

 県の調査によると、清流に生息する底生動物や魚の種類が増え、アユなどの餌になる藻類も順調に育つ傾向がみられる。専門家でつくる「荒瀬ダム撤去フォローアップ専門委員会」の篠原亮太熊本県環境センター館長は「自然の回復力の強さを実感する。ダム建設前と同じような状態に近づきつつある」と話す。

 国土交通省の調査では、魚のすみかになる河口干潟沖のアマモの藻場が、ダム撤去前に水門が開放された翌年の2011年から、1~1・7平方キロメートルで推移している。10年まではほとんど見られなかった。球磨川の環境改善は海にも好影響を与えているようだ。

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 荒瀬ダム跡から約10キロ上流。瀬戸石ダムのすぐ下流は、泥がこびりついた岩や大きな石が目立つ。

 ダム撤去による球磨川の変化を調べている地元のリバーガイド、溝口隼平さん(36)は「瀬戸石ダムに遮られ、下流に新たな砂や小石が供給されていない。このままだと、下流の河床がやせていく」と懸念する。

 瀬戸石ダムを運営する電源開発(東京)は、ダム湖に堆積した土砂が増えると洪水被害をもたらす恐れがあるため、毎年冬に水位を下げて土砂を取り出している。土砂の多くは熊本県内の公共土木工事に使われ、残りは同県芦北町の仮置き場に保管されている。

 球磨川河口の干潟や流域の森林調査をしている自然観察指導員熊本県連絡会の〓(つる)詳子会長は、この現状を疑問視する。「電源開発と(球磨川を管理する)国は取り出した土砂の一部を下流に流すなど、下流の環境改善に少しでもつながる努力をしてほしい」。球磨川を流れる土砂は、球磨川に返すべきだと考える。

 荒瀬ダムの撤去で球磨川中下流の環境は改善が見られるが、〓会長は「流域全体で考えないと、真の球磨川再生にはつながらない」と指摘する。

【ワードBOX】荒瀬ダム

 熊本県が球磨川中流域の八代市坂本町(旧坂本村)に建設した発電専用ダム。高さ25メートル、幅約211メートル、総貯水容量約1014万立方メートル。発電量は当初、県内需要の約16%を賄ったが、撤去決定時は1%を切っていた。撤去の総事業費は約84億円。

◆「脱ダム」しぼむ機運 巨額費用に批判→各地で整備再開◆

 一般財団法人日本ダム協会(東京)によると、国内のダム数(計画中や未完成を含む)は約2700で、九州は7県の約460カ所にある。洪水防止、飲料・農業用水の確保、発電などを目的に整備が進んだ。

 高度経済成長期から安定成長期に移ると、過大な需要予測や巨額の事業費への批判が拡大した。2000年の長野県知事選は「脱ダム宣言」をした田中康夫氏が当選した。熊本県では02年、潮谷義子知事が県営荒瀬ダムの撤去を表明。「コンクリートから人へ」を掲げ、09年に発足した民主党政権は八ツ場(やんば)ダム(群馬)や川辺川ダム(熊本)の建設中止を打ち出した。

 しかし「脱ダム」に関係自治体などが反発。民主党政権は11年、八ツ場ダム中止方針を撤回した。12年に自民党が政権を奪い返すと「国土強靱(きょうじん)化」の路線に沿って、中断していたダムの整備が各地で再開された。

※〓は「雨かんむり」に「金鳥」

=2018/04/01付 西日本新聞朝刊=

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