関連死の4歳、入学するはずの小学校…遺影胸に 集中治療室で本震に遭遇、闘病の命忘れない

お下がりの幼稚園の制服を試着する花梨ちゃん。姉と同じ幼稚園に通うのを楽しみにしていた(2015年11月撮影、遺族提供)
お下がりの幼稚園の制服を試着する花梨ちゃん。姉と同じ幼稚園に通うのを楽しみにしていた(2015年11月撮影、遺族提供)
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花梨ちゃんのお気に入りの縫いぐるみを抱く母さくらさん(右)と父貴士さん=13日、熊本県合志市
花梨ちゃんのお気に入りの縫いぐるみを抱く母さくらさん(右)と父貴士さん=13日、熊本県合志市
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 熊本地震の本震で入院していた熊本市民病院(熊本市東区)が被災し、転院先で亡くなった熊本県合志市の宮崎花梨(かりん)ちゃん=当時(4)=は今春、小学校に入学するはずだった。

 母さくらさん(39)は9日、花梨ちゃんのために夫貴士さん(39)と長女柑奈(かんな)さん(8)が選んだピンク色の新しいランドセルを携え、遺影を胸に、進学予定だった小学校の校門に立った。「連れて来て良かった」という思いと「手をつなぎ一緒に写真を撮りたかった」という悲しみ。同じ年頃の児童を見て、背が伸びた娘の姿を想像した。

 花梨ちゃんは生まれつき重い心臓病だった。地震3カ月前の2016年1月に手術を受けたが、肺炎を発症。熊本市民病院の集中治療室で本震に遭った。病棟は倒壊の恐れがあり、福岡市の病院に搬送されて5日後に死亡。幼稚園に通うことを心の支えに、家族と離れての入院生活に耐えていたという。

 あれから2年。さくらさんは「何もしないでいると、花梨に悪い気がして焦ってしまう」といい、花梨ちゃんが病床で頑張ったこと、二度と悲劇を起こしてはいけないことを多くの人に伝えてきた。16年夏、花梨ちゃんは同県合志市によって震災関連死に認定され、熊本市の大西一史市長は17年5月、「病院の耐震化の遅れが犠牲を生んだ」と謝罪した。

 柑奈さんは今も、妹が好きだった犬の縫いぐるみを枕元に置いて寝る。「花梨がいない一日が繰り返され、日常になっていくのがつらい」とさくらさん。自宅の写真には、姉の幼稚園の制服を試着してほほえむ在りし日の花梨ちゃんが写っている。

=2018/04/14付 西日本新聞朝刊=

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