誇りの耶馬渓でも不安 山崩れ1週間 迫る梅雨「再発怖い」 奇岩や木々「景観は自慢」

山あいのわずかな平地に、家と田んぼがある山崩れ現場付近=17日午後0時48分、大分県中津市耶馬渓町
山あいのわずかな平地に、家と田んぼがある山崩れ現場付近=17日午後0時48分、大分県中津市耶馬渓町
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住民の健康状態を懸念し、相談や血圧測定のため巡回する大分県の保健所職員(左)=大分県中津市耶馬渓町
住民の健康状態を懸念し、相談や血圧測定のため巡回する大分県の保健所職員(左)=大分県中津市耶馬渓町
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橋本アヤ子さん
橋本アヤ子さん
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 6人が土砂にのまれた大分県中津市耶馬渓町金吉(かなよし)の大規模山崩れから18日で1週間となる。大量の土砂や巨岩、雨にも阻まれ安否不明者の捜索は難航。現場は急峻(きゅうしゅん)な山に張り付くように集落が点在する地域で「次はうちも被害に遭うのでは」との不安も募る。溶岩台地の浸食による奇岩や断崖が織りなす景観は耶馬渓に人を呼び、地元の誇りでもあり続けたが、もろい地質は危険と背中合わせ。住民には葛藤が生じている。

 「とにかく早く見つかってほしい」。安否不明の岩下アヤノさん(90)の親族男性(87)は、ニュースで崩落現場を見るたびに胸を突かれる。崩れた土砂と巨石の壁に、言葉を失う。

 「ばあちゃん、うちの裏山も崩れるん?」。同じ金吉に住む中島欽さん(83)は、同居する小2の孫(7)がテレビを見るたび、心配そうに尋ねるようになったことを気に掛ける。孫は犠牲となった岩下義則さん(45)を「にいちゃん」と慕っていた。葬儀の後は家でふさぎ込んだ。「いろんなことが一気に起きて、整理がつかんのやろう。子どもは言葉で表現できん分、心の傷になっちょらんか」。県は16日、子どもの心に寄り添うスクールカウンセラー3人を地元の小中学校に派遣した。

 難航する捜索現場を見詰める住民たちは、そこに自らの暮らしを重ねる。「怖いよね。これから梅雨が来るし」。金吉川を挟み対岸に住む下堀保人さん(65)もその一人。心穏やかな暮らしは、取り戻せるのか-。「風の音がしただけで、目が覚める」「雨の予報を見ると眠れなくなった」といった声も聞かれた。

      ◆

 今回の現場の一部は、土砂災害の危険性の高い「土砂災害特別警戒区域」に指定されている。同市には、この区域が現時点で930カ所。地質の専門家によると、現場一帯は火山性の土壌で成り立っており、もろく壊れやすい。

 だが、そうした岩が風化してできる奇岩と木々がつくり出す景観は江戸時代から景勝として知られ、海外からも客を引き寄せてきた。「危険な岩かもしれない。でもそれらが織りなす特異な景観こそが資源」。近くでホテルを営む小畑吉太朗さん(74)は言う。

 1人暮らしの新井イクヨさん(87)宅も裏山は急斜面だ。新井さんは木漏れ日の差す庭先に椅子を置き、そうした山や斜面の下に広がる田んぼをのんびり見るのが一番の楽しみだ。別居する長女からは一緒に暮らそうと誘われる。それでも、今も思っている。「緑いっぱいで、居心地いい古里はここしかない」

 地元で自治委員を務める山田英美さん(64)も、同じ思いを抱く。「危険な区域であろうとなかろうと、私たちはここで生きていくんだよ」

■3人目遺体は橋本さん

 大分県中津市耶馬渓町金吉の大規模山崩れで、県災害警戒本部は17日、遺体で見つかった女性は橋本アヤ子さん(86)と確認したと発表した。自衛隊や県警、消防は同日も捜索を続けたが、なお女性3人の安否が分かっていない。崩落した斜面は二次災害の危険もあって作業が難航しており、長期化する恐れもある。

 山崩れは11日未明に発生。住宅4棟が巻き込まれ、岩下義則さん(45)と母の愛子さん(76)の死亡が確認された。橋本さんと同居する娘の江渕めぐみさん(52)と孫の江渕優さん(21)、別の家屋に住む岩下アヤノさん(90)の3人の安否が不明となっている。

 捜索に当たった人数は17日までに延べ3260人。大量の土砂や巨石の撤去に時間がかかり、降雨もあって捜索はたびたび中断を余儀なくされている。林野庁は17日、崩落で不安定になった土砂の流出を防止する応急工事など、一部県の負担を含む2億2791万円の事業を決定。県は早期の着手を目指すとしている。

■愛する娘、孫と暮らし

 「女手一つで子ども2人を育てあげた苦労人」。遺体で見つかった橋本アヤ子さん(86)を知る親族や知人は、そう口をそろえる。愛する子や孫に囲まれ、穏やかに暮らしていた。

 橋本さんは大分市鶴崎出身。9人きょうだいの長女で面倒見が良く、弟や妹の世話をし、親を助けた。編み物が好きで、子どもたちのセーターなどをよく作っていたという。

 若いころは夫とともに左官業を営み、8個ものブロックを一人で抱えて運び、セメントを塗ったという。「相当な力仕事。女性の左官業なんかいない中で、少々のことならへっちゃらだった。しんが強く、忍耐強い人だった」(親族)。

 40代で夫を亡くしてからは清掃会社に勤務。近くのスーパーで清掃業務の主任を任されていた。「仕事は一切手を抜かず、責任感が強かった」。仕事を終えると家に帰り、子ども2人にご飯を作る。「弱音も愚痴も一つも漏らしたことがない。懸命に働く頑張り屋さん。たくましかった」と知人女性(71)は語る。

 定年後は体を悪くしたこともあり、大分県中津市耶馬渓町に住む長女の江渕めぐみさん(52)=安否不明=のもとへ移り住んだ。孫の江渕優さん(21)=同=とも同居し、趣味の編み物を楽しんでいたという。親族女性(71)は「苦労を重ねたが、いつもそれをはねのけてきた。最後は、耶馬渓で大好きな娘や孫と一緒に過ごせて幸せだったと思う」と話した。

=2018/04/18付 西日本新聞朝刊=

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