亡き娘との夢…被災地で営む小さな料理店 「何でも話せる店に」夫婦の思い 熊本県阿蘇市

亡き由美子さんの絵を飾った店内。夫婦が手にする作品は店のキャラクターにしている=熊本県阿蘇市
亡き由美子さんの絵を飾った店内。夫婦が手にする作品は店のキャラクターにしている=熊本県阿蘇市
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 熊本地震で途絶した国道57号の北側復旧ルートとしてトンネル工事が進む熊本県阿蘇市。北外輪山の麓に昨年12月、隠れ家のような料理店ができた。店主はホテルや観光施設で腕を磨いてきた料理人の山内幼一さん(63)。自分の店を持つのは、不慮の事故で早世した娘との夢でもあった。「店を訪れる家族に、思い出に残る料理と時間を提供したい」。そんな店の名は「父娘庵(おやこあん)」という。

 せわしなく工事車両が行き交う道路脇から奥に入った場所。一見して料理店とは分からない。それもそのはず、自宅敷地内の倉庫を自力で改装し、店に仕立てたという。

 そば400円、日替わり定食600円、地元契約農家の黒毛和牛を使った焼き肉定食千円。観光地にしては安い値段設定は「気軽にたくさん食べてもらいたいから」。価格は抑えても、下ごしらえの時間と手間は惜しまない。

 開店半年で、もうたくさんの常連客がいる。人気の秘密は、オムライスからフランス料理まで幅広い“裏メニュー”。「誕生ケーキ、離乳食、食事制限のあるお年寄り向けの料理…。頼まれたら何でも作りますよ。食べたいものを食べるのが一番おいしいから」。還暦を過ぎ、ようやく料理人としての理想にたどりついた。理想を共に描いたのが、2006年に交通事故で亡くなった次女の由美子さん=当時(18)=だった。

 小さいころから料理と絵が好きで、父が台所に立つと隣で見入った。基礎を教えると自分で作り「いつか一緒に店を開きたいね」と笑った。中学でいじめに遭い不登校になった。高校は中途退学。つらい思いを抱えてはいても、山内さんと妻の恵美子さん(61)、3人のきょうだいにとっては、よく笑い、人や動物を気遣う優しい子だった。

 事故が起きたのは南阿蘇村の自宅前。気持ちを切り替えたくて阿蘇市に居を移した。独立前から「由美子のため、店名は『父娘庵』にしよう」と決めていた。店内の一角に「由美子の小さな美術館」と題して娘が残した絵を飾っている。

 そんなこんなのいきさつを客に話すと、子育てや不登校の相談を受ける。「祖父母の家に来たように、何でも話せる店にしたい」と夫婦は声をそろえる。

 トンネルは20年7月に完成予定。客は増えそうだが、小さな店のままでやっていく。「お客さんの顔が見える方がうれしいからね」

=2018/05/25付 西日本新聞夕刊=

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