亡き家族の水田、守り継ぐ 耶馬溪山崩れ 支えられ田植え決意

大規模山崩れの近くの田んぼで田植え作業の確認をする岩下一行さん(右)=5月30日午後、大分県中津市耶馬渓町金吉
大規模山崩れの近くの田んぼで田植え作業の確認をする岩下一行さん(右)=5月30日午後、大分県中津市耶馬渓町金吉
写真を見る

 大分県中津市耶馬渓町金吉(かなよし)の大規模山崩れで、母の岩下愛子さん=当時(76)=と弟義則さん=同(45)=を亡くした一行さん(49)が2日、実家の田んぼで田植えを行う。結婚とともに自宅を離れ、田んぼは実家に任せきりだった一行さん。農機具は家と一緒に土砂にのみ込まれたが、近所の人たちが手を貸してくれた。家族との思い出が詰まった田んぼに緑の苗を植え、新たな一歩を踏みだす。

 一行さんは4人兄弟の三男で、山崩れの被害に遭った家で生まれ育った。24歳で結婚し、現在は団体職員として同市内で暮らしている。

 3月下旬に父が病死し、気持ちの整理がつかないまま4月11日に山崩れが起きた。2人の四十九日法要を終えたが「亡くなった実感が湧かない」。なぜ自分の家族が犠牲になったのか、助ける手だてはなかったのか-。やりきれない気持ちが募った。

 災害後、初めて市販の米を買った。当然のように食べていた実家の米と食感や香りが全く違い、家の米がいかにうまかったかを知った。

 田んぼ作業は主に、父や義則さんの仕事だった。農機具は使えなくなり、勤めもある。今年の米作りは諦めていた時、義則さんと仲の良かった近所の農家が、手伝うからと声を掛けてくれた。田の水の調節や除草剤をまく時期などの助言を受け、農機具も借りることになった。「準備だけで大変。楽しそうに作業をしていた弟には頭が下がる」

 先祖代々守ってきた田んぼに水が張られた様子を見て、笑みがこぼれる。草刈りや収穫時に、大分県内に住む兄たちも一緒に、両親や弟のことを語り合おうと考えている。田植えの翌日は、田んぼの近くにある墓に3人を納骨する予定だ。「母と弟のような犠牲者が二度と出ないようにしてほしい。田んぼを守り、災害の記憶も継いでいきたい」

=2018/06/01付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]