「ファントム」平和研究の原点 石川名誉教授「基地問題若者も考えて」 九大墜落50年

米軍板付基地撤去を求め福岡市内をデモする学生たち=1968年6月7日
米軍板付基地撤去を求め福岡市内をデモする学生たち=1968年6月7日
写真を見る
石川捷治氏
石川捷治氏
写真を見る

 1968年6月、米軍板付基地(現福岡空港)に向かっていた米ファントム機が、福岡市東区の九州大箱崎キャンパスに墜落して2日で50年。当時を知る九大OBの石川捷治同大名誉教授(73)=福岡市城南区=は、事故をきっかけに戦争と平和をテーマとする研究者の道に進んだ。沖縄を中心に今も後を絶たない在日米軍を巡るトラブル。「当時の学生運動で提起された問題は、なお日本に横たわっている」と語る。

 機体から上がる真っ赤な炎が夜空を焦がしていた。68年6月2日夜、大学近くの下宿から駆け付けた石川さんは、墜落機を守るようにカービン銃を群衆に向ける米兵の姿を覚えている。「現実とは思えない光景が目の前にあった」。学生たちはひるまず米兵を囲み叫んだ。「米軍、帰れ!」

 45年に米軍が接収して以後、板付基地は朝鮮戦争、ベトナム戦争の第一線基地だった。米軍機の墜落や炎上事故は相次ぎ、それまでに板付基地関連で252件、うち31件が墜落・炎上で死者は20人に上っていた。

 石川さんは、学長を先頭に市民を巻き込んだデモに参加した。「保守も革新も一体。オール福岡の運動だった」と振り返る。

 72年、板付基地の大半は返還された。米軍再編の一環との見方もあるが、福岡の反基地運動を米側が注視していたことを示す米外交文書もある。石川さんは「市民の力によって撤退させた面が大きい」と言う。

 それから半世紀。福岡で日常的に星条旗を目にする機会はなくなったが、在日米軍基地が集中する沖縄では墜落事故や米兵による不祥事が相次ぐ。「日米安全保障という名の下に、被害を受ける国民が今もいる。68年は終わっていない」

 ファントム機墜落を一つの契機に研究者となった石川さんは、九大教授を退官後も久留米大客員教授として、年1回は事故について学生に語る。「基地問題は沖縄だけの話じゃないと伝えたい」との思いがある。

 九大生だった頃、安全保障、核兵器、平和など仲間たちと夜通し議論した。現代の学生は通信手段の発達で目の前だけでなく、広い世界と緩やかにつながっていると感じる。「今の若者にも、日本、世界がこのままでいいのか主体的に考え、声を上げてほしい」。市民一人一人が、時代を動かす力になると信じている。

■検証本出版や講演続々

 九州大での米軍機墜落から50年の節目に、関連本の出版や当時を振り返る集会などが企画されている。

 九大OBの小野寺龍太九大名誉教授は、当時の学生運動や九大の対応を厳しく検証した「愚劣の軌跡」(春吉書房)を出版。「自分の頭で考え、議論するのが学生の本分」と若者たちにメッセージを送る。

 九大箱崎キャンパス中央図書館では写真展を開催中。炎上する機体など31点が展示されている。28日まで。入場無料。30日午後1時半からは、九大箱崎キャンパスで記念集会があり、石川捷治九大名誉教授らが講演する。参加費500円。

=2018/06/02付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]