豪雨1年、涙を越えて 朝倉など被災地で追悼式

朝倉市追悼式で黙とうする遺族たち=5日午前10時34分、福岡県朝倉市のサンライズ杷木
朝倉市追悼式で黙とうする遺族たち=5日午前10時34分、福岡県朝倉市のサンライズ杷木
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雨が降りしきる中、基礎部分だけになった小河内公民館の跡地で犠牲者を悼む住民たち=5日午前9時すぎ、福岡県朝倉市
雨が降りしきる中、基礎部分だけになった小河内公民館の跡地で犠牲者を悼む住民たち=5日午前9時すぎ、福岡県朝倉市
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追悼式で献花台に花を供える女性=5日午前9時半ごろ、福岡県東峰村
追悼式で献花台に花を供える女性=5日午前9時半ごろ、福岡県東峰村
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 福岡、大分両県で40人が犠牲となり、今も2人が行方不明者となっている九州豪雨は5日、発生から1年を迎えた。福岡県朝倉市や東峰村、大分県日田市では早朝から降り続く雨の中、行政や住民による追悼行事が営まれ、被災地は慰霊の祈りに包まれた。参列者は犠牲者をしのび、復興への決意を新たにした。

 朝倉市杷木久喜宮(くぐみや)のサンライズ杷木での市追悼式には、遺族をはじめ市民ら約400人が参列。冒頭で市内の犠牲者33人(災害関連死1人含む)全員の名前が読み上げられ、全員で1分間黙とうした。

 遺族代表の言葉では、朝倉市黒川の農業渕上洋さん(66)と、福岡市城南区の会社員井上洋一さん(58)の2人が祭壇の前に立った。渕上さんは妻麗子さん=当時(63)=と、臨月で里帰り中だった娘江藤由香理さん=同(26)、その長男友哉ちゃん=同(1)=の3人を失った。井上さんは父輝雄さん=同(89)=と母マサ子さん=同(82)=を亡くした。

 あの日、大量の流木に帰宅を阻まれた渕上さんは「もし自分が帰っていたなら、避難させることができたのではないか」と苦しい胸の内を明かした。「失ったものも大きい。でも負けてはいられない」と、街中で見かけた標語に自らの思いを重ね、「今くじけたら、娘からしかられそうです」と前を向いた。

 井上さんは「雨が降るたびに両親を思い浮かべます」と声を震わせた。

 式で小川洋知事は「一人一人が直面する課題や悩みに寄り添う」と述べ、復旧復興に全力を挙げる考えを強調。林裕二市長は「教訓を深く心に刻み、安全な地域づくりに市一丸となって取り組む」と誓った。

 約170人が参列した東峰村の追悼式では、渋谷博昭村長が時折言葉を詰まらせながら「子どもたちのためにも安心して暮らすことができる夢と誇りにあふれる東峰村を必ずつくり上げる」と語った。

 この日は早朝から、朝倉市内の各所で集落ごとに住民が集まり、傘を差しながら手作りの祭壇に手を合わせる姿が見られた。

 3人が犠牲になった日田市では、市役所などで弔意を表す半旗が掲げられた。正午には防災行政無線で市内一斉に1分間サイレンが鳴らされ、市民が犠牲者を弔った。

=2018/07/05付 西日本新聞夕刊=

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