朝倉の被災酒店「もう一度」 夜の角打ち、松末の地域おこし談議 店主「簡単じゃなかけど、いつか」

更地になった酒店の跡を見つめる店主の樋口一郎さん。再開を諦めたわけじゃない=6月、福岡県朝倉市杷木松末
更地になった酒店の跡を見つめる店主の樋口一郎さん。再開を諦めたわけじゃない=6月、福岡県朝倉市杷木松末
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こだわりの角打ちには夜な夜なユニークな人々が集い、地域のこれからを語り合う貴重な場だった=2014年、江副直樹さん撮影
こだわりの角打ちには夜な夜なユニークな人々が集い、地域のこれからを語り合う貴重な場だった=2014年、江副直樹さん撮影
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 九州豪雨の土石流で、福岡県朝倉市杷木松末(ますえ)の赤谷川沿いで明治から100年以上続いてきた酒店も被災した。生活雑貨も扱い、こだわりの酒やつまみを出す夜の角打ちに「風雅人(変わり者)」が集った樋口酒店は、常連客の飲み話から地域おこしのアイデアが生まれてきた場でもあった。店は更地となったが、店主夫妻は「いつかここでもう一度」と前を向いている。

 ジュースとたばこの自動販売機が県道をぼんやり照らしている。あの日の前夜まで、ここにはにぎわいと明かりがあった。かつては精米用の水車小屋を持つ米穀店。地域の人々は「こめや」と呼び、親しんできた。

 5代目の樋口一郎さん(68)、淑子さん(65)夫妻は2階建て古民家の店の一角に約20年前、「ギャラリーこめや」を設けた。古くは英彦山参拝への街道の宿場として栄え、芝居小屋や造り酒屋も軒を連ねた地区。過疎化で次第に活気は失われたが、ギャラリーで個展や音楽会を重ねるうち、口コミで市外、県外からの客が増えた。6年前からは地元住民らと近くの松末天満宮で紅葉祭りを企画し、にぎわいをもたらしてきた。

 被災後、店主の元には「とにかく店をせんな!」「こめやの明かりが戻らんと」という声に加え「うちの材木なら持ってくばい」と支援の申し出も相次ぐ。事業プロデューサー江副直樹さん(62)=大分県日田市=は約20年前、隣村に住んでいた頃からの常連。ブログでも何度も店を紹介した。「素朴なだけではない品性を感じる人ばかりが集う、他にはない場所」と話す。

 幸い、店に隣接する小屋と自宅は無事だった。ひとまず酒類販売免許は2年間の休業届を出したが「それまでに再開できれば」と淑子さん。妻の言葉に背中を押されるように、一郎さんも言う。「やるからには適当なものは出せん。簡単じゃなかけど、いつか」

=2018/07/06付 西日本新聞朝刊=

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