「オウム23年の出来事 一気に突き上がった」地下鉄サリン事件の遺族、死刑執行の日の思い

高橋シズヱさん
高橋シズヱさん
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 オウム真理教の松本智津夫元死刑囚(教祖名麻原彰晃)ら7人の刑が執行され、20日で2週間となった。1995年3月の地下鉄サリン事件で駅助役の夫を亡くし、被害者の会代表世話人を務める高橋シズヱさんが、執行当日の気持ちを手記として西日本新聞に寄せた。

 7月6日午前8時過ぎ、松本死刑囚の死刑が執行された。そうか、サリンがまかれた時間に苦しんで死んだのか。

 死刑執行を知ったのは、8時45分だったか、テレビを見ていたときだった。

 むむ、その日が来たか。記者会見をしなくては。

 オウム事件最後の被告人・高橋克也の裁判が終盤にさしかかったころには、毎月行われている弁護団会議で、死刑が執行された時の対応を相談していた。

 11時からの会見に出掛ける支度をする間、私のスマホは鳴り続けていたが、一度だけチラッとみたら、法務省からだった。電話口の男性は、死刑囚の名前をゆっくりと伝えていた。

 松本智津夫、井上嘉浩、新実智光、土谷正実、中川智正、遠藤誠一、早川紀代秀。松本の執行のニュースは事務的に受け止めたが、その後、一人一人の名前を言われるごとに、メモする手が冷たくなっていくように感じた。井上、新実、土谷、中川の顔が浮かんだ。

 井上は、高橋克也の法廷に証人出廷したときの顔だ。口調は以前と変わりなく、姿はもっと痩せて髪の毛が大きな帽子のように見えた。一審の弁護人が、「彼は高校生のまま」と言っていたが、2004年5月の控訴審で逆転死刑判決を受けてから10年余り、そのままだなぁと思いながら、検察官の後ろの被害者参加席から見ていた、その顔。

 新実は、公判中にときどき傍聴席を見ていた。それは他の被告人より回数が多かったし、何よりもそのギョロっとした目つきが恐ろしかった。

 土谷は、1997年1月20日の公判が私にとって初めての証人出廷だったが、証言に集中していて、伏し目がちな土谷の表情を読み取る余裕はなかった。その後、遺族の証言が回を重ねても、それまでと同じように目を伏せて感情が表れなかった。

 ところが、日比谷線で被害に遭い4週間後に亡くなった女性の母親が4月18日に証言したときは違った。検察側証人の遺族に、弁護側からの反対尋問はないだろうと言われていたが、私も、他の遺族にもあった。そして、この母親に反対尋問をしようとしたとき、土谷は弁護人の方を向いて「もういい」というようなしぐさをした。あの顔。

 中川は、入廷するといつも誰かを探しているように傍聴席を見渡した。そして証言は、きちんと説明しようとしていたから、得てして長くなった。その声や口調が耳に残っている。高橋克也の法廷で最後の証言が終わると、遺族がいる検察側に向かって丁寧にあいさつした。以前よりもひと回り大きくなった体と、あの時の顔。

 死刑囚が証人として出廷するというのもオウム裁判ならではのこと。ましてや被害者参加人として、井上、新実、中川を目前に見た。彼らが退廷するとき、あの時に心の中でそれぞれに「さようなら」と言った。

 会見が終わって、部屋の外に出たら、20年来親しくしている女性記者が近づいてきて、黙ってハグしてくれた。涙があふれた。「地下鉄」「サリン」「教祖の初公判」「前例のない被害者救済」…。押しとどめていた23年間の出来事が一気に突き上がってくるようだった。

   ◇    ◇

「残る6人体験話して」 社会へ還元こそ謝罪

 高橋シズヱさんは、松本智津夫元死刑囚らオウム真理教の7人の死刑が執行された6日の記者会見で、「麻原の執行に関しては、私は当然と思っています」と明言した。

 一方で、中川智正元死刑囚ら残る6人には「もっと彼らには、いろいろなことを話してほしかった。今後のテロ対策ということで、専門家に聞いてほしかった。それができなくなってしまったという心残りがあります」と語った。

 例えば、医師であった中川元死刑囚は米国の化学者と面会を重ね、猛毒VXに関する論文を5月に発表したばかりだった。記者の取材に高橋さんは「謝罪とは謝ることばかりではなく、自分の知識や体験を社会に役立てるために還元することも含まれるのではないか」とその意図を説明した。

 オウム事件では、あと6人の死刑囚が執行を待つ。彼らは、凶悪な犯罪者であると同時に、オウム真理教という狂気に身を置いた生き証人でもある。例えば、ともに地下鉄サリン事件の実行犯で、東京大理学部卒の豊田亨死刑囚や、早稲田大理工学部卒の広瀬健一死刑囚は、教団の兵器開発を担い、今は深く悔恨している。社会に還元すべき知識や体験があるはずだ。

 オウム裁判を459回傍聴した高橋さんは今、死刑囚との面会も求めている。豊田死刑囚は裁判で「被害者・遺族をこれ以上傷つけたくない」と感情を封じ、真摯(しんし)な態度を貫いた。豊田死刑囚から高橋さんは手紙を受け取っている。

 高橋さんはその返事として「あなたに怒りの気持ちはない」と直接伝えたいと願う。刑場に向かう時、「小さなともしびがあるだけで違う」と思うから。

 その願いもかなわず、このまま何も語らず、残る6人も密室で執行されてしまうのか。

=2018/07/21付 西日本新聞朝刊=

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