嘉穂劇場復興支援イベントに尽力 津川雅彦さん死去 関係者「心からお礼」

水害から復興した嘉穂劇場のこけら落とし公演として2004年9月にあった「全国座長大会」の「お練り」に大衆演劇の役者に交じって飛び入り参加した津川雅彦さん(台座の左)
水害から復興した嘉穂劇場のこけら落とし公演として2004年9月にあった「全国座長大会」の「お練り」に大衆演劇の役者に交じって飛び入り参加した津川雅彦さん(台座の左)
写真を見る
嘉穂劇場に展示されている津川雅彦さんと朝丘雪路さんの公演(1972年)のポスター=8日午前、福岡県飯塚市
嘉穂劇場に展示されている津川雅彦さんと朝丘雪路さんの公演(1972年)のポスター=8日午前、福岡県飯塚市
写真を見る
劇場内の額には水害復興支援イベントに協力した芸能人の名前が記され、津川さんの名前もある=8日午前、福岡県飯塚市
劇場内の額には水害復興支援イベントに協力した芸能人の名前が記され、津川さんの名前もある=8日午前、福岡県飯塚市
写真を見る

 映画やテレビドラマなどで活躍した俳優の津川雅彦さんが4日、78歳で死去した。津川さんは生前、福岡県飯塚市の芝居小屋「嘉穂劇場」にも深く関わっていた。訃報が明らかになって一夜明けた8日、嘉穂劇場の関係者から悼む声が聞かれた。

 劇場は2003年7月の水害で被災。復興支援のトークショーとチャリティーオークションを企画したのが津川さんだった。多くの芸能人が舞台に立ち、支援の輪は全国に広がった。劇場関係者は「津川さんは復興へ向かう大きなきっかけを与えてくれた」と振り返った。

 津川雅彦、明石家さんま、中村玉緒、西田敏行…。劇場内にある額には同年9月に開かれた水害復興支援イベントに協力した134人の著名人の名前が並ぶ。劇場を運営する認定NPO法人嘉穂劇場の伊藤英昭理事長(69)は「津川さんの声掛けで、これだけの芸能人に協力してもらった。津川さんの人脈の広さに驚いた」。

 実は津川さんは1972年と79年に、妻の故朝丘雪路さんと一緒に嘉穂劇場の舞台に立っている。津川さんは大衆演劇にも造詣が深く、嘉穂劇場支援は親交がある九州演劇協会会長(当時)の玄海竜二さんの要請があったことがきっかけとなった。

 水害復興支援イベントは多くのマスコミが報道。全国的に嘉穂劇場が紹介されたことから、全国から支援金が集まり、日本宝くじ協会などから助成金が送られたという。伊藤さんは「津川さんに尽力していただき、多くの人が協力してくれたからこそ、今の劇場がある。心からお礼を言いたい。お悔やみを申し上げたい。これからも、日本の文化を後世に残していきたい」と力を込めた。

=2018/08/08付 西日本新聞夕刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]