戦争遺品、保管に限界も 遺族の高齢化で増える寄贈…苦慮する施設

寄贈された戦没者の遺品を整理する「いのちのたび博物館」の学芸員=8月、北九州市八幡東区
寄贈された戦没者の遺品を整理する「いのちのたび博物館」の学芸員=8月、北九州市八幡東区
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 戦後73年が経過し、全国の公的施設で戦没者の遺品の収蔵が増えている。遺族の高齢化が進んで遺品の保管に苦慮しての寄贈や、戦時の大切なものとしての委託が増えているからだ。戦争の記憶そのものを継いでいこうと、北九州市の市立「いのちのたび博物館」(八幡東区)も遺品の整理を進めている。ただ、保管に限界もあり、受け入れを断念する施設も出ている。

 中国の戦地から弟が兄に送った手紙は、丁寧にスクラップされていた。他にも手帳、軍服…。最後の手紙は、帰還後の仕事の心配を相談する内容だった。弟は戦地で帰らぬ人となった。

 いのちのたび博物館が整理する遺品には、戦友との思い出を手書きした哀悼状もあれば、印刷物に名前を書き込んだだけの戦死報告もある。戦地へ送られた慰問袋は、戦争が長引くにつれて手作りのものから、戦争への慣れなのか「画一化」していった。

 日比野利信学芸員は「遺品からは、個人の死が『大量生産』されていく時代の空気、戦争の実態を読み解くことができる」と語る。同博物館に寄せられた遺品は現在1100点超。カビなどを防ぐため燻蒸(くんじょう)し、学芸員がつぶさに目を通して内容を記した調査カードを付けて分類。整理後は企画展を開く予定だという。

 北九州市は博物館とは別に、1995年から戦争関連の資料を募り、市立埋蔵文化財センター(小倉北区)で1032点を展示、保管する。「遺族が亡くなった」「引き継ぐ人がいない」といった理由で持ち込む人が増えているという。

 戦争の実相に迫り、後世に伝えていく役割も果たす遺品。96年から受け入れる兵庫県の姫路市平和資料館は収蔵品が約8300点に達し、保管などの対応に苦慮しているという。「収蔵庫は8割埋まった」と担当者。横浜大空襲があった横浜市の「かながわ平和祈念館」は「保管スペースに限りがある」として既に受け入れをやめた。

 長崎県佐世保市では、1200人以上の死者が出た佐世保空襲の被害を伝える「佐世保空襲資料室」を運営する遺族らが、高齢化などで「管理が困難」として行政の支援を要望した。各地の施設が、遺品との向き合い方に頭を悩ませている現状もある。

 福岡県筑前町の町立大刀洗平和記念館の山本孝館長は「遺品は戦争という歴史の証言者。一つ一つに記憶をつなぐ価値や遺族の思いが存在する」と指摘。「どう残し、次代にどう伝えていくか。戦後73年を迎えた大きな課題だ」と提起する。

=2018/08/15付 西日本新聞朝刊=

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