「よく見つかったな」豪雨が運んだ絆の升 40年前の引き出物 よみがえる亡夫との思い出

西下寛蔵さんの遺影の前で、見つかった升を手にする京子さん
西下寛蔵さんの遺影の前で、見つかった升を手にする京子さん
写真を見る

 大分県日田市豆田町の老舗旅館「伯亭 若の屋」に一つの升がある。おかみの西下京子さん(65)が、40年前の結婚披露宴で親族に配った物で、受け取った誰かの家が昨年の九州豪雨で浸水し流されたとみられるが、見つけた人があり無事に届けられた。夫で5代目代表だった寛蔵さんは今年3月に亡くなり、手元の升が京子さんの心を支えている。

 明治初期の1870年に創業した若の屋は、川端康成や大仏次郎、火野葦平らも宿泊した。寛蔵さんと京子さんは1978年に結婚。披露宴は町内のクンチョウ酒造の酒で鏡開きをし、相合い傘に2人の名前をあしらった升を、参列した親族に配った。

 豆田でも多くの家が浸水した豪雨後、同酒造の従業員が隣の城町の自宅に流れ着いた升を見つけた。相合い傘の名前から素性が分かり、昨年8月ごろ旅館に届けた。寛蔵さんも「よく見つかったな」と驚いていたという。

 寛蔵さんは昨年12月に病気が見つかり約3カ月後に66歳で他界した。「主人が亡くなって升がよけいに大切に思えてきた」と、京子さんは仏壇の遺影の前に置き、毎日、手を合わせる。

 寛蔵さんは「家族大好き人間」(京子さん)で、家族そろって食事する時間を大切にした。「お客さんと地域の人を大事にしなさい」が口癖だったという。京子さんは、その言葉を胸に2人の息子とともに旅館を切り盛りする。

 京子さんは「升が、24時間ずっと一緒だった夫との思い出をよみがえらせてくれるし、一緒に歩いてくれているように感じる」。長男の賢一さん(35)も「父の代わりに母を支え、地域とともに旅館を発展させていきたい」と誓う。

=2018/08/22付 西日本新聞夕刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]