種子島宇宙センター ロケット半世紀 173機打ち上げ

ウオークラリーで道順を考える子どもたちを見守る園田昭真さん
ウオークラリーで道順を考える子どもたちを見守る園田昭真さん
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 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の種子島宇宙センター(鹿児島県南種子町)で、ロケットが初めて打ち上げられてから17日で50年になる。現在は全長50メートルを超えるロケットがごう音とともに飛び立つが、最初は3メートルに満たない機体から始まった。11月に記念式典が計画されている。

 細長い島の東南端に位置し、1966年に立地が決定。当時の日本領内で赤道に近いことや、安全面や交通の利便性などの観点から選ばれたという。宇宙センターの総面積は970万平方メートル(東京ディズニーランド19個分)と広大だ。

 68年9月17日、気象観測用SBロケット(全長2・8メートル)の打ち上げが第一歩。75年から人工衛星搭載が可能な中型ロケットが続き、94年からH2など大型ロケットを発射している。

 同センターのOBによると、これまでに飛び立ったロケットは173機に上るという。

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■現在も島に住む元所長の園田さん 「宇宙少年団」など指導 情熱、次世代に伝える

 種子島宇宙センターで4年間、所長を務めた園田昭真(しょうしん)さん(70)=熊本県八代市出身=は、2009年の退職後も南種子町に住み、ボランティア活動に取り組んでいる。全国各地から来て町の小学校で学ぶ「宇宙留学生」や地元の子たちに宇宙への情熱やチームワークの尊さを伝え、若者らの夢を育んでいる。

 今月、同町であったウオークラリー。「ここが恵美須神社といってね、ロケット打ち上げの前に責任者が焼酎を持ってお参りするの」。宇宙センター敷地内にある鳥居の前で、園田さんが子どもたちに優しく語りかけた。1984年に結成された、町の宇宙少年団活動。指導役を務めて3年目になる。

 電子部品メーカーを経て、22歳の時に宇宙開発事業団(現在の宇宙航空研究開発機構)に転職した園田さん。「いろんなことをやってやろう」。その意気込みはやがて壁にぶつかった。打ち上げにはロケットの技術者だけでなく、設備メンテナンスや計画・調整、広報などたくさんの人が関わっている。

 「独りよがりだと周りはついてこない。みんなの力を結集して初めて大きな仕事ができる」。設備の管理部門を中心に歩み、4回の種子島勤務と多くの出張で、小型から大型までロケットの変遷を種子島で支え、見つめてきた。

 今後は、打ち上げ時に町内の見学スポットで経験を話すことも考えている。「次はここから打ち上げられる有人ロケットを見たい。少年団には宇宙飛行士を希望している子もいます」。ロケットの発展にこれからも関わっていく。

=2018/09/16付 西日本新聞朝刊=

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