【沈黙の島から カネミ油症発覚50年】(1)「評判」の油 異変招く

「油は全ての料理に使うもの。食の安全、安心には気を使っています」と岩村定子さん。料理には五島特産のつばき油を使う
「油は全ての料理に使うもの。食の安全、安心には気を使っています」と岩村定子さん。料理には五島特産のつばき油を使う
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 九州の西に浮かぶ長崎県・五島列島。その真ん中に美しい海に囲まれた小島がある。約2200人が暮らす奈留島。潜伏キリシタンが暮らした島の江上集落は6月、世界遺産登録が決まったばかりだ。

 「島を訪れる人が増えれば、よかですね」。民泊を営む岩村定子さん(69)が自宅裏の畑で汗をぬぐう。客に提供するのは手作りの料理。秋には無農薬のサツマイモを、自ら収穫したツバキの種子を精製した油で揚げて天ぷらにする。「安全な食材を自分で選ぶのが大切なの」

 食の安全にこだわる原点には、半世紀前から続く実体験がある。

 今からちょうど50年前、日本が高度経済成長を続けた1968年。漁業で生計を立てる奈留島の島民の暮らしは裕福とはいえなかった。そこに、同年2月ごろから「安くて健康にいい」と評判の米ぬか油が入ってきた。人々は喜んで油を買い求めた。

 19歳だった岩村さんは、理髪店を営む親戚宅に身を寄せていた。従業員や近所の人の出入りが多く、夕食はいつも宴会料理。にぎやかな食卓に天ぷらやフライが並んだ。

 その秋。福岡、長崎両県を中心に、化学物質の入った米ぬか油を食べた人が、吹き出物や手足のしびれを訴える「奇病」が世間を騒がせた。島に流通していたものと同じ、カネミ倉庫(北九州市)製の油だった。

 成人式が近い冬の朝。岩村さんは目覚めると、天井がぐるぐる回り、体がどこまでも沈み込む感覚に陥った。その日以来、背中に吹き出物が出て、かゆみが止まらなくなった。体調異変は苦難の前ぶれにすぎなかった。

「奇病」苦しみ子も亡くし 乏しい情報 広がった被害 五島・奈留島

 長崎県・五島列島の奈留島に1968年、カネミ倉庫製の米ぬか油が入荷された。油を使った料理を食べていた岩村定子さん(69)は19歳で、突然のめまいに襲われ、背中の発疹に悩むようになった。

 5年後、待望の長男を出産した。生まれたのは肛門が閉じ、くちびるが裂け、心臓に障害のある未熟児。医師が尻をたたき、やっと泣きだした。血流が悪く、声を上げるたび顔や手足が紫色になった。

 「頭が真っ白になったとです」。心配を掛けまいと親族に病状を隠し、3日に1度は島外の病院に連れて行った。生後50日を過ぎたころ、遅めのお宮参りに。「元気な子と同じように成長して」。そう願ったが、長男は容体が急変し、生後4カ月で息を引き取った。

 「カネミ油症」。自らの体調異変と同じ症状は、国内最大の食品公害として取り沙汰されていた。油に含まれる毒は、母乳や胎盤を通じて子に伝わることも確認された。だが、岩村さんがそれを知るのは、ずっと後になってからだった。

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 68年10月3日、福岡の保健所に男性が米ぬか油を持ち込み症状を訴え、同10日に「正体不明の奇病発生」と報じられた。同年末までに、同じ五島列島にある玉之浦地区は446人、長崎市とその周辺は336人が健康被害を届け出たが、奈留島ではゼロ。閉ざされた島であるがために情報が乏しく、油を売った店と買い手の人間関係の近さもあって、押し黙る島民は少なくなかったという。

 長年、背中のかゆみに苦しみ続けた岩村さんは40代になって体調が悪化。子宮や卵巣の摘出、大腸がんなど手術を繰り返した。救いは、次男や長女に大きな病状がなかったこと。「長男が、毒を全部吸い出してくれたんでしょう」

 今年9月6日。岩村さんは島の中学校で講演した。公で初めて。「事件から50年、誰かが語らなければ島の被害が風化してしまう」と決断したからだ。テーマは油症の苦しみと食の安全。真剣に耳を傾ける生徒たち。ただ、油症の次世代の被害については話題にできなかった。

 「おじいちゃんが油を食べているかもしれない。まさか自分にも被害が…。そう考えるのは子どもにはつらいでしょうから」

 奈留島の人々にとって、油症はまだ過去の事件ではない。

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 カネミ油症の被害発覚から、10月で50年を迎えた。認定患者と未認定の補償の差、油症への偏見や差別、次世代の影響。さまざまな理由から、奈留島で油症を語る人は少ない。“沈黙”を続ける島を訪ねた。

 ◆カネミ油症と奈留島 1968年10月、カネミ倉庫製の食用米ぬか油による食品公害が発覚し、翌69年までに約1万4千人以上が健康被害を届け出た。油にポリ塩化ビフェニール(PCB)が混入していたことが原因とされる。認定患者は西日本地区を中心に2322人(今年3月末、死亡者含む)で、長崎県五島市に4割近い873人が集中。県などによると、五島市のうち、旧奈留町(奈留島)は12店が161缶、旧玉之浦町は1店が50缶(推定)販売。流通量は旧奈留町が上回るが、認定患者数は旧玉之浦町の約3分の1の222人にとどまる。奈留島は発覚時、売り手と買い手が地縁、血縁で結ばれる人間関係の濃密さもあって届け出を手控えた人がおり、潜在的な患者は多いとみられる。

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「油症に学ぶ集い」福岡市で6日開催 50年実行委

 カネミ油症の被害者や支援者らでつくる「カネミ油症事件50年企画実行委員会」は6日午後1時半から、カネミ油症に学ぶ集いを福岡市中央区舞鶴2丁目の「あいれふ」で開く。弁護士らがカネミ油症について報告。被害者の話を聞き、フリートークがある。参加費500円。

=2018/10/04付 西日本新聞朝刊=

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