チーム結成5年目で初の日本選手権出場 九州で唯一の車いすラグビーチーム「福岡ダンデライオン」

ボールを奪いにいく日本代表の福岡ダンデライオン・乗松(左)
ボールを奪いにいく日本代表の福岡ダンデライオン・乗松(左)
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試合を終えた選手とハイタッチする坪田代表(左から2番目)
試合を終えた選手とハイタッチする坪田代表(左から2番目)
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 福岡市を拠点に活動する九州で唯一の車いすラグビー(ウィルチェアーラグビー)チームの「福岡ダンデライオン(Fukuoka Dandelion)」が結成5年目で初の日本選手権(12月14~16日・千葉ポートアリーナ)の出場を決めた。2016年リオデジャネイロパラリンピックでは日本代表が銅メダルを獲得した注目競技。金メダルの期待がかかる2年後の東京パラリンピックも見据え、本大会では九州勢初優勝を目指す。

 ゴンッ、ゴンッ-。激しい車いすの衝突音が響く。車輪が浮き上がるほどの「タックル」を繰り返し、攻めては巧みに相手ディフェンスをくぐり抜けてゴールを狙う。車いすラグビーは手足に障害がある人が対象の男女混合も可能な競技で、1チーム4人。その激しさから「マーダーボール(殺人球技)」とも呼ばれる。

 9月29日、福岡市立障がい者スポーツセンターで開催された日本選手権を懸けたプレーオフ。予選リーグで敗れた4チームが出場権の残り2枠を争い、福岡ダンデライオンは横濱義塾(神奈川)に53-31、「TOHOKU STORMERS」(東北地区)に48-46で勝利し、1位で出場権を獲得した。

 2014年3月のチーム結成から5年目でつかんだ晴れ舞台。坪田晋代表(34)は「勝てない時期は苦しかった」と喜びをかみしめた。日本ウィルチェアーラグビー連盟には現在10チームが登録しているが、当時は九州にチームがないことを知り、坪田代表と堀貴志主将(31)の2人で立ち上げた。

 選手集めに苦労し、医療機関などでチラシ配りなど地道に募集活動を続け、2年後にようやく公式戦初出場を果たした。今年4月に日本代表の乗松聖矢選手(28)が沖縄のチームから移籍して戦力アップ。現在は計7人が福岡を拠点に週1回程度、練習に励んでいる。

 車いすラグビーは00年シドニーパラリンピックから正式採用された。日本代表は16年リオデジャネイロパラリンピックで銅メダル獲得後も成長を続け、今年8月の世界選手権ではリオパラリンピック覇者のオーストラリアを破り、初優勝。2年後の東京パラリンピックに向けて注目や期待は高まり、乗松選手も「地方のチームが勝つことで(車いすラグビーが)広がっていく」と新天地での新たな使命にも燃える。

 堀主将は福岡県筑紫野市の会社員。結成以前は車いすバスケットボールと掛け持ちで沖縄のチームに月1回通ってプレーしていただけに、チームの成長に「感慨深い。(日本選手権では)1勝でも多く勝利したい」と意気込んだ。福岡市の社会保険労務士の坪田代表は早大などでもプレーした元ラガーマン。健常者ながらラグビーと違う激しさに魅了されて本業の傍ら、普及活動に力を入れてきた。過去、日本選手権で九州勢の優勝はない。「スタートラインに並べるチームの第一歩。優勝を目指したい」。2年後の東京パラリンピックを見据えた旋風を誓った。

 車いすラグビー(ウィルチェアーラグビー) 1977年にカナダで考案され、欧米を中心に普及。日本では97年に日本ウィルチェアーラグビー連盟が設立された。男女混合競技で1チーム4人。障害の程度に応じて各選手に持ち点が0.5~3.5までの7段階に設定され、コート上の4人の合計が8点以内になるように編成する。女子選手が含まれる場合は0.5点の追加ポイントが許される。コートはバスケットボールと同じ広さで、バレーボールに似た専用球を使用。ラグビー同様に車いすでぶつかる「タックル」も認められ、前方にパスもできる。ボールを保持した状態で車いすの二つの車輪がゴールラインに乗るか通過すると1得点。8分間の1ピリオドを4回繰り返して合計点を競う。

=2018/10/12付 西日本新聞夕刊=

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