カネミ油症、乏しい補償 「食中毒」不十分な法制 高崎経済大准教授考察 患者分散、支援遅れ

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 1968年に公害認定された水俣病と、発覚したカネミ油症。二つの事件は汚染食品を口にした人々が被害を受けた点で共通するが、補償には違いがある-。そんな考察を高崎経済大(群馬県高崎市)の宇田和子准教授=環境社会学=がまとめ、出版予定の共著で関連論文を発表する。患者認定や賠償を求める動きの続く水俣病に対し、カネミ油症は被害補償の乏しさが患者掘り起こしの遅れにつながったとみられる。ともに50年の節目を迎えてなお、解決の見通しは立たない。

 宇田准教授によると、水俣病患者はチッソから一時金1600万~1800万円や医療費、介護費などを受ける。これに対し、油症患者が受けるのはカネミ倉庫負担の認定時の見舞金23万円に加え、同倉庫と国から支出される年計24万円と、医療費、交通費にとどまる。

 水俣病では未認定の軽症者に2度の「政治解決」を通じ、申請期限や地域、年代の線引きはあるものの、一定の補償がある。油症では未認定の被害者に対する補償はない。

 水俣病への補償、救済でさえ不十分で、声をあげない患者が今なお多くいる点も踏まえた上で、宇田准教授は「油症の被害補償は手薄すぎる。患者の本格的な救済は実現していない」と指摘する。

 なぜ、これほど補償の差があるのか。宇田准教授が着目するのが法の違いだ。

 政府は水俣病を「公害」とみなし、公害健康被害補償法に基づいて患者認定する。認定されれば、チッソと患者が結んだ協定による補償を受けられる仕組みになっている。

 一方、カネミ油症は「食中毒事件」で食品衛生法の対象となる。同法に被害補償と直結した患者認定の規定はない。カネミ倉庫も患者と正式な補償協定を結んでおらず、同倉庫が示した医療費の支払い方針が補償のベースになっている。

 患者側は補償の拡充を求めるが、カネミ倉庫は「経営が厳しく、負担増は困難」と拒む。宇田准教授は「カネミ倉庫に責任を果たすだけの資金力がない。既成事実化した方針を、患者がやむなく受け入れ続けている」と分析する。

 宇田准教授は患者分布の違いにも言及する。

 水俣病は患者が不知火海沿岸に集中し、連携しやすい環境にあった。これに対し、油症は汚染油が西日本一帯に流通し、患者が広く分散した。地域に根ざした患者運動が起こりにくく、専門家による支援の立ち上がりも遅れたという。

 宇田准教授は「カネミ倉庫だけが補償費用を負担する形でいいのか。ポリ塩化ビフェニールの使用を許可した旧通産省や製造したカネカなど、誰が事件に関わったかを整理し、補償のあり方を見直す必要がある」と語った。

【ワードBOX】水俣病とカネミ油症

 水俣病は、チッソ水俣工場(熊本県水俣市)が不知火海に流したメチル水銀を含む排水に汚染された魚介類を食べた人に、手足のしびれや視野狭窄(きょうさく)などが生じた。1956年5月1日に公式確認、68年9月に公害認定された。カネミ油症はカネミ倉庫(北九州市)製の米ぬか油にポリ塩化ビフェニール(PCB)が混入し、油を食べた人に皮膚や内臓の疾患などが表れた。68年10月、油が保健所に持ち込まれ、被害が表面化した。ともに化学物質で汚染された食品が引き起こし、健康被害が次世代に伝わるなど類似点がある。

=2018/10/30付 西日本新聞朝刊=

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