熊本地震被災、心の穴埋める阿蘇の縁 東海大生と大和晃さん両親交流

復興イベントでともされる灯籠作りが進む作業場で、それぞれの歩みを振り返る大和さん夫妻(両端)と林さん(中央)=10月21日、熊本県南阿蘇村
復興イベントでともされる灯籠作りが進む作業場で、それぞれの歩みを振り返る大和さん夫妻(両端)と林さん(中央)=10月21日、熊本県南阿蘇村
写真を見る

 親子のように思い合っている。熊本地震で被災し、語り部活動を続ける東海大農学部の学生団体「阿蘇の灯(あかり)」代表、林風笑(かざえ)さん(22)と、熊本県南阿蘇村の阿蘇大橋付近で車ごと土砂にのまれて亡くなった大和晃(ひかる)さん=当時(22)=の両親。地震から2年半が過ぎ、それぞれに長い心の旅路を経て新たな一歩を踏み出そうとしている。

 本震があった2016年4月16日午前1時25分、林さんは同村黒川地区にあった知人のアパート2階で被災し、はだしで飛び出した。月明かりの下、押しつぶされた1階が徐々に見え、震えながら一夜を明かした。同級生の男子学生が亡くなった。

 晃さんもその時、峡谷の対岸で被災。熊本市の友人に水や食料を届けて、同県阿蘇市の実家に戻る途中だった。

 林さんは大阪府の実家に戻り、仲間と募金活動を始めた。7月には熊本市内で大学生活を再開させたが、心の穴は埋まらなかった。

 昨年4月16日、阿蘇大橋のたもとに立った。本震発生時刻。晃さんの両親、大和卓也さん(60)と忍さん(51)夫妻の姿があった。峡谷に向かい、愛息の名を叫び続ける声…。言葉を掛けることはできなかった。林さんはその年の6月から、阿蘇キャンパスに通った仲間たちとともに震災の記憶と教訓を語り継ぐ語り部活動を始めた。

 その活動を通じ、大和さん夫妻との縁が深まっていった。「2人に芋作りを習ったり、進路の相談に乗ってもらったり」。見守ってくれる温かなまなざしに支えられてきた。

 林さんたちは今、17、18両日に南阿蘇村の道の駅で開くイベントの準備に追われている。鎮魂と復興に向け、全国からのメッセージを添え灯籠約1500基をともす催し。地震を経験していない後輩たちに、活動をリレーする場でもある。

 その準備会場に10月、大和さん夫妻も駆け付けた。差し入れた赤牛8キロをその場で焼き、学生たちに振る舞った卓也さん。「人とつながり、関わり、学生さんたちの笑顔にも癒やされ、私たちは前に進めている」と顔をほころばせた。

 林さんは来春、南阿蘇村の赤牛農家に就職することを決めた。「将来は青年海外協力隊の一員になり、アジアの農村再生に取り組むのが夢。そして、いずれは被災地復興に関わりたい」。晃さんの無念も胸に、そんな将来像を描き始めている。

=2018/11/07付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]