「沖ノ島」古代の空気感 宗像大社神宝館で写真展 藤原新也さんに聞く

沖ノ島への思いについて語った藤原新也さん
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迫力ある沖ノ島の写真パネルが並ぶ藤原新也さんの写真展
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「神宿る島」の幻想的な風景写真が並ぶ会場
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 世界文化遺産に昨年7月に登録された福岡県宗像市の沖ノ島。北九州市出身の写真家、藤原新也さん(74)は、古代から信仰の対象であった島の神秘性に魅せられた一人。一般人の立ち入りが完全に規制される以前に島に上陸し、残された信仰の足跡と、手つかずの自然を撮り続けてきた。その作品を集めた写真展が宗像市の宗像大社神宝館で、来年1月中旬まで開かれている。「古代の気が残っている」という、「神宿る島」について藤原さんに話を聞いた。

 -2012年の初上陸以来、沖ノ島を3回訪れている。島に向かう際の気持ちはどのようだったのか。

 「宗像の港を出るとまず大島が見えてくる。大島を通り過ぎ、しばらくすると周りが全部水平線になる。じっと進む方向を見てると沖ノ島が米粒ぐらいに見えることもあれば、見えないこともある。何というか現実の島でもあり、イメージの島のようでもある。(昔から海に生きる人にとって)あの島が見えるか見えないかは命に関わる。そこに救いを感じるし、信仰が始まったのではないか」

 -上陸してからの島の印象は。

 「島はすり鉢状の盆地で、一番高い場所に鳥居がある。鳥居が俗界との境界なのか、中に入ると潮騒の音も風もやんで小鳥の声しか聞こえない。植生がガラッと変わり、同じ篠竹でも境界の内外で色もつやも全く違う。神格化された岩に触れると湿り気がある。古代人はこうした場のエネルギーを五感で見立てていた。聖地ってのは見立てなんだと思う。それは世界共通。現代人のように知識偏重でなく、古代人は自然のモラリティー(道徳性)を直感で受け止めていた。写真家は見立てるのが仕事。直感で『真を写す』場として、沖ノ島は非常に適していた」

 -門司港地区で生まれ育った藤原さんの生家は旅館を営んでいた。子どもの頃に体験したという「宝の島」の思い出とは。

 「旅館に泊まった陶器の行商人が2日目に高熱を出して寝込んだことがあった。部屋の床の間には素焼きのかけらがあった。玄界灘に浮かぶ、宝の島から漁師が持ち出したものだという。私のおやじが『これ、たたりなんじゃねえか』と感じ、そのかけらを漁師に返却するように諭すと、熱がひいた。後に沖ノ島のことを知り、島の出土品を見てみると、小さい頃に見たかけらと形が似ていた。宝の島は沖ノ島だったのかなと思う。写真を撮ることになったのもどこか導かれたようで、因縁を感じる」

 -今後の沖ノ島の在り方については。

 「沖ノ島は学術調査の後も、古代の国宝級の陶器などがいまだに転がっている。すべてを管理しようとせず、そのまま放置しておく感覚はすごく良いと思う。世界遺産になると観光化にまい進するけど、沖ノ島は上陸制限を厳しくして全く逆の方向に進んでいる。世界遺産は西洋の価値付けのようで好きではないが、沖ノ島に関しては世界遺産によって守られた。それは良かった。島にかろうじて残っている古代の空気感は理屈で説明できない。その空気感を作品から味わってもらえればありがたい」

 ▼ふじわら・しんや 写真家、作家。1944(昭和19)年、福岡県門司市(現北九州市門司区)生まれ。著書に「印度放浪」「東京漂流」「メメント・モリ」など。沖ノ島に関する著書は「神の島 沖ノ島」(安部龍太郎氏と共著)などがある。

=2018/11/08付 西日本新聞朝刊=

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