「命以外、全て奪われた」 蓮池薫さんが福岡市で講演 米朝交渉「拉致解決の好機」

講演で拉致問題の解決を訴える蓮池薫さん
講演で拉致問題の解決を訴える蓮池薫さん
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 北朝鮮による拉致被害者の蓮池薫さん(61)=新潟産業大准教授=が13日、福岡市内で講演し、昨年の米朝首脳会談から続いている非核化交渉に触れ「拉致問題にとっても好機だ。(米朝協議は)膠着(こうちゃく)状態だが、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の新年の辞からも、経済的に非常に苦しい状況にあり、米国に譲歩する姿勢もちらついている」との見方を示した。

 正恩氏が1日、今年の施政方針に当たる新年の辞で「これ以上、核兵器を製造しない」と表明したことについて蓮池さんは「完全な非核化ではないだろうが、ある程度のカードを切り、非核化の方向に向かうだろう」と推測した。

 拉致解決の好機となる理由について、北朝鮮側に「核、ミサイル問題が解決に向かい拉致問題も解決すれば、日本との国交正常化や経済協力を得られる状況になる」との期待感があると指摘。日本政府に対し「核問題が進展しても、拉致問題で北朝鮮が誠実に出てこない限り、国交正常化すべきではない」と注文した。

 講演は北朝鮮の人権侵害問題啓発を目的に福岡市が主催し、約800人が耳を傾けた。

■「夢奪われ、家族の絆を断ち切られた」 厳しい監視下の暮らし、子残し帰国の葛藤語る

 「拉致は非常に残酷。命以外、全て奪われた。夢を奪われ、家族の絆を断ち切られた」-。蓮池薫さんは13日の講演で、北朝鮮での厳しい監視下の暮らしや、同国に子ども2人を一時的に残して日本に帰った葛藤などを改めて語った。

 大学時代の1978年夏、人生が一変した。恋人と一緒にいた故郷の新潟県柏崎市で拉致され、北朝鮮で24年間過ごした。鉄条網に囲まれた「招待所」生活。2人の子どもに害が及ばぬよう「日本人であることを隠し、日本語も教えなかった」と振り返った。

 買い物や移動時は、当局者が夫妻に同行した。情報統制も厳しく、多くの拉致被害者が「日本にいる親に自分が北朝鮮で生きていることを伝えたい」と渇望していたという。食料事情が悪化した90年代には、学校の寮から帰省した子どもたちの「ほおがこけた浅黒い顔」に心を痛めた。

 人生最大の決断を下したのは2002年。妻と先に帰国し、北朝鮮に残った子どもたちを約1年半待ち続けた。「もう帰ってこないんじゃないか」と弱音を吐いた時、母親の言葉に救われた。「がたがた言うな。私は(薫さんを)二十何年も待ったんだから」

 講演の最後、蓮池さんは北朝鮮に残された拉致被害者に思いをはせ「もう限界を超えている。日本で待っている家族もそれ以上だ。何とか今年こそ解決を」と訴えた。

=2019/01/14付 西日本新聞朝刊=

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