「古里の宝」築200年の古民家を再生へ 惜しむ声に心動かされ…被災住民の決断

古賀公子さん(左から2人目)が再生を決意した古民家。内部は被災の痕跡が生々しく残る
古賀公子さん(左から2人目)が再生を決意した古民家。内部は被災の痕跡が生々しく残る
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 2017年の九州豪雨で大きな被害を受けた福岡県朝倉市比良松(ひらまつ)地区のシンボルが再生への道を歩み始める。専門家が少なくとも築200年近いと推定する古民家だ。家を守ってきた古賀公子(まさこ)さん(67)は被災当初、土砂に埋まった自宅の解体を考えたが、貴重な文化財を惜しむ声に心を動かされた。「壊せばきっと後悔する」。傷ついた古民家を残す決断をした。

 古民家は旧日田街道沿いにある。一昨年7月、福岡市を訪れていた古賀さんは「家が浸水している」と家族からの電話で知った。戻ると、家族は公民館へ避難して無事だったが、桂川からあふれた濁流は古民家1階の天井付近まで達し、古民家は約1メートルの土砂に埋もれた。屋根は無事だったが、泥壁がなくなり、柱だけが残った。畳や床板もなくなった。

 豪雨まで母親や息子夫婦ら家族7人で暮らしていた古民家。旧街道側に母屋があり、ウナギの寝床のように奥へと蔵や離れが続く。江戸末期の1855年の大火でほとんどの旧家が失われる中、古民家は焼失を逃れた。だからこそ、古賀さんは「先祖から引き継いだ宝」と大切に守ってきた。

 被災後、古賀さん一家は朝倉市の仮設住宅に移った。古民家のことは常に頭にあったが、どこから手を付けていいのか分からず、再建へ心が折れかけた。

 変わったのは周囲の惜しむ声が聞こえてきたからだった。地元の旧日田街道比良松まちづくり世話人会の篠崎英一さん(70)は「当時の商家の造りを今にとどめ、文化財として極めて貴重。地区のシンボルだ」と力を込める。

 昨年9月には、福岡県建築士会などが被災を知り、調査した。メンバーの一人で、1級建築士の舌間雅二さん(37)は「登録有形文化財に申請してはどうか」と評価した。

 悩んだ末、個人負担も覚悟の上で、古民家を残すと決めた。住家としては厳しくなったので、地域の憩いの場など、地元の新たなシンボルにならないかと考えている。

 とはいえ、古賀さんは再生への道のスタートラインに立ったばかり。「誰かがお店などをしてもいい。有効活用へ、たくさんの人の知恵を借りたい」と願う。その声に呼応するように、舌間さんは春にも有志で再調査し、後押しを計画している。古里の宝はみんなで守る。

=2019/02/21付 西日本新聞朝刊=

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