裕次郎の昭和 中洲に息づく バー経営・角さん 店内にグッズ ポスターびっしり「すみか 守っていく」

石原裕次郎さんのポスターや写真を貼り付けた店内で、カウンターに立つ角久美子さん
石原裕次郎さんのポスターや写真を貼り付けた店内で、カウンターに立つ角久美子さん
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 平成から次の時代への改元が迫る中で「昭和の文化」を守り続けるバーが、九州を代表する歓楽街、福岡市・中洲にある。戦後の映画界を彩った大スター、石原裕次郎さんの功績をたたえて、グッズを展示する「メンバーズシルク」だ。全国の裕次郎ファンに名を知られる店だが、昨今はファンの高齢化で客足も減りつつある。時代の移ろいを実感しながら、経営するバーテンダーの角久美子さん(82)は「これからも裕ちゃんの魅力を伝えたい」と意気込む。

 天神と中洲をつなぐ春吉橋近くの雑居ビルにあるシルク。ドアを開けると、天井や壁にびっしり貼った裕次郎さんの映画ポスターや写真が目に入る。裕次郎さんのカラオケ曲が流れ、10席のカウンターの奥にはファン倶楽部「裕井会」のタペストリーが飾られている。こぢんまりした店には「昭和」の情緒があふれている。

 「よか男でしょ。脚が長く、礼儀正しく、思いやりもあって…。裕ちゃんは、みんなの憧れの的だったの」。裕井会の福岡会長を務める角さんが若々しい笑顔を見せる。

 裕次郎さんは1956(昭和31)年、兄慎太郎さんの芥川賞受賞作を映画化した「太陽の季節」でデビューした。経済白書が「もはや戦後ではない」と記し、日本が敗戦の混乱から脱しつつあった時期だ。

 「みんな、まだまだ生きるのに必死だった。そんなとき、彗星(すいせい)のごとく現れた青春のスター。給料をもらうと、真っ先に裕ちゃんの映画を見に行くのが楽しみでした」と角さん。

 映画が「娯楽の王様」だった高度経済成長期に、裕次郎さんの主演作は約100本に上ったが、がんを患い、87年に52歳で死去。そして2年後、時代は平成へと移り変わった。

 いま、熱狂的なファンは70、80代になり、若い世代で裕次郎さんを知る人は多くない。北海道小樽市の「石原裕次郎記念館」も1年半前に閉館し、足跡を伝える場も減った。せめて「ファンが気軽に集まりやすいように」と、シルクでは今春、昼の営業(予約制)を始める計画だ。

 改元で遠ざかる「昭和」に思いをはせて、角さんは言う。「私たちの世代にとって、裕ちゃんは希望の象徴。私の体の動くうちは、彼のすみかをしっかり守っていきたい」

 シルク=090(8662)5272。

=2019/03/23付 西日本新聞夕刊=

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