「津久見山椒」全国区に 栽培10年目の佐藤さん、今年は生育遅く不安も [大分県]

山椒の実を手にした佐藤さんは浮かない表情も
山椒の実を手にした佐藤さんは浮かない表情も
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 奈良県から津久見市上青江松川に移住して山椒(さんしょう)栽培に取り組んできた佐藤寛次さん(68)の表情がさえない。例年なら出荷の最盛期となっているはずが、今年は生育が遅く、実がなかなか大きくならない。山椒栽培は10年目。これまでも試行錯誤を重ねてきたが、自然相手の農業は簡単ではないと改めて感じている。

 山椒はミカン科の落葉低木。佐藤さんが暮らす松川地区は津久見ミカンの発祥の地ともいえる場所だという。ここで野生の橘に目を付けて栽培研究を始めた人がいた。740(天平12)年のことで、小ミカン栽培の歴史の始まりだそうだ。

 佐藤さんは退職後は田舎暮らしをして、山椒栽培をしようと考えていた。山椒なら高齢になってもできそうだし、収益性も高い。そう思いながら、長崎、熊本など移住候補地を回って、選んだのが現在地だった。

 ただ、小ミカン栽培が始まった場所と知ったのは移住後。農地と家屋を借りて2007年11月に移り、翌年から予定通りに山椒の植え付けに取りかかった。

 初収穫は定植後4年目。佐藤さんによると、定植後6、7年たつと、1本の木で5~6キログラムの実が収穫できるようになる。08年から山椒を植えてきており、現在約470本。かなりの収量を期待できるはずが、途中には誤算もあった。

 猛暑で雨が降らずに幼木が枯れてしまった年があった。シカの食害もあった。

 今年は天候なのか、よく実った昨年の反動か、生育が良くない。佐藤さんは原因をつかみかねている。

 ただ、山椒は有望との信念も「津久見山椒」を全国ブランドにしたいとの思いも変わらない。佐藤さんがまいたタネが広がり、現在、同市内の栽培者は27人になったという。

=2017/05/18付 西日本新聞朝刊=

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