【新年特集】日本一早い始発列車(4) 軽便鉄道、実業家出資で次々 明治―大正時代 [大分県]

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 日本が近代化へひた走った明治-大正時代、国営鉄道より簡易な規格の「軽便鉄道」が県内でも相次いで建設された。日田の筑後軌道のほか、県北に耶馬渓鉄道(中津-守実)▽宇佐参宮鉄道(豊後高田-宇佐八幡)▽国東鉄道(杵築-国東)などが開業した。

 地元の実業家らが出資して会社を設立。国から免許を得て海外製の蒸気機関車(SL)などを使い、町や村を結んだ。国も一部を補助して開業を後押しした。

 耶馬渓鉄道は、名勝・耶馬渓へ観光客を誘導するのが目的。宇佐参宮鉄道は、海路で豊後高田に到着し、宇佐神宮を訪れる参拝者が乗車した。国東鉄道は、杵築駅から延伸する形を取り福岡県の炭鉱で使われる坑木などを運んだ。駅員が常駐する駅だけでなく、無人の「停留所」や特定の時期だけ開設する「臨時停留所」もあり、生活に密着した路線として親しまれた。県北の3社は戦時統制で1945年、別大電車を運行していた別府大分電鉄などと合併し、大分交通となった。路線はモータリゼーションの進展に伴い1960~70年代に廃止された。

 ◆筑後軌道 大正-昭和初期、筑後川沿いに福岡県久留米市と日田市を結んだ軽便鉄道(簡易規格の鉄道)。日田市史によると1916(大正5)年に日田市豆田地区まで開通。豆田の他、市内の隈や石井、長谷などに駅(停車場)が置かれ、小型蒸気機関車が久留米まで約45キロを3時間余りで結んだ。久大線の延伸に伴い28(昭和3)年に廃止された。昨年7月の九州豪雨に伴う夜明ダム(日田市)の放流で水位が下がり、上流の左岸(福岡県うきは市)に軌道敷などの遺構が姿を現し話題になった。遺構は同10月、再び水没している。

=2018/01/01付 西日本新聞 新年特集(大分・日田玖珠)=

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