米軍訓練20年、住民複雑 日出生台演習場 「反対だけど」「国が決めたこと」 [大分県]

公開訓練を終えた後、指揮官(右から2人目)に質問や要請をする衛藤洋次さん(左から2人目)=7日
公開訓練を終えた後、指揮官(右から2人目)に質問や要請をする衛藤洋次さん(左から2人目)=7日
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訓練で使用する機関銃の操作法を説明する米海兵隊員。訓練開始当初は実施項目になかった
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公開訓練で実弾を発射する155ミリりゅう弾砲=7日
公開訓練で実弾を発射する155ミリりゅう弾砲=7日
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 陸上自衛隊日出生台演習場(由布市、玖珠町、九重町)で6日に始まった在沖縄米海兵隊の実弾射撃訓練。沖縄の基地負担軽減のため、1997年度から全国5演習場に分散実施されており、20年がたった。日出生台での訓練は13回を数え、地域は「日米同盟」の現場に向き合い続けている。「訓練をなくす」「国が決めた以上変わらない」「もう慣れてしまった」…。間近の玖珠町を取材すると、住民の複雑な思いがのぞいた。

 「ダッダーン」。雪景色の大地をふるわせ、155ミリりゅう弾砲が放たれた。高さは4メートル以上あり、深緑色の砲身から黒煙が流れる。数十秒後、弾着音が響いてきた。数分の間に、並べられたりゅう弾砲2門から計16発が発射された。

 7日、地元自治体関係者や住民、報道陣ら67人に射撃訓練が公開された。りゅう弾砲を操作する海兵隊員に無線などで指示する射撃指揮所、訓練が予定されている機関銃について、射程距離や操作法などを海兵隊員が説明した後、りゅう弾砲の射撃を見せた。指揮官のリロイ・バトラー中佐は「日米安保の維持のため、訓練が必要であることを理解してもらう良い機会だ」と参加者に強調した。

 当初から訓練反対の声を上げる玖珠町の衛藤洋次さん(58)は毎回、公開訓練に参加している。「今回は何発撃つのか」「午後8時以降は(訓練を)しないでくれよ」。指揮官や海兵隊員に質問や要請をぶつける。自宅は演習場に隣接する同町小野原地区。射撃音がとどろく地で、両親や息子らと畜産農家として暮らす。衛藤さんは「訓練を拡大させず、なくすため声を上げ続ける」と力を込める。

   ◆    ◆

 演習場周辺では、市民団体「ローカルネット大分・日出生台」などが反対集会や監視活動を続けている。「訓練が始まったころは、地区のみんなが集会に参加していた」(小野原地区の住民)。だが、20年たち、地域は過疎化、高齢化が進んだ。ローカルネット大分・日出生台によると、活動に参加する人は減り、高齢化しているという。

 弾着地から最も近い玖珠町車谷地区に住む農家の男性(58)は30代だった最初の数年、反対集会に参加した。「小さな子どももいたし、何が起こるか分からなかったから」と理由を話す。だが自治会の仕事、両親の世話、牛の飼育…。生活が多忙になり、運動から離れていった。「この辺りで米兵を見ることもないし、事件もない。訓練するのが米軍だろうと、自衛隊だろうと同じ」。米軍訓練は日常の一部となった。「でも賛成しているわけではない」。男性は押し黙った。

 車谷地区の隣、堤地区に住む女性(80)は夫と2人で年金暮らし。弾着音が激しいときは、窓や戸ががたがた揺れるという。取材の間も弾着音が鳴り響く。「もう慣れたよ。訓練は、国が決めたことで反対しても変わらない」と諦め顔だ。

 この20年、当初は項目になかった機関銃など「小火器」の実弾訓練が追加された。2015、17年には県、地元3市町が九州防衛局と交わした確認書(昨年10月まで覚書)で自粛を求める午後8時以降の射撃を実施。バトラー中佐は訓練開始前の地元説明で、午後8時以降の射撃を否定しなかった。

 同町小野原地区の畜産農家の男性(57)は15年前、父が倒れたことをきっかけに会社を退職し、家業を継いだ。訓練を知っていたし、反対でもあった。だが、慣れぬ牛飼いの仕事に追われ、運動にはほとんど参加できなかった。今「訓練はなくならないだろう」と思う。ただ消防団として、訓練期間中の夜間パトロールをしている。「安全だけは守りたい。自分のできる限りをやる」と語った。

=2018/02/10付 西日本新聞朝刊=

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