二つの祖国歌でつなぐ 母はグアテマラ人、大分の田島さん コンプレックスを力に変えて [大分県]

グアテマラの民族衣装「ウィピル」を手にする田島さん。「民族衣装のファッションショーも開きたい」=大分市
グアテマラの民族衣装「ウィピル」を手にする田島さん。「民族衣装のファッションショーも開きたい」=大分市
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 かつて「ハーフの自分」が嫌だった。でも、今は胸を張れる。県内で歌手として活動する田島聡子さん(32)=大分市=は日本人の父とグアテマラ人の母の間に生まれた。「ありのままの自分」を受け入れるきっかけをくれたのが「歌」だった。自分の歌声で、両国の懸け橋になれたら-。コンプレックスを力に変えて、歌を届ける。

 中米グアテマラの首都グアテマラ市で生まれ、母の親戚がいる南部の大草原で育った。乗馬やダンスが大好きで、音楽教室にも通っていた。

 自分に違和感を覚えたのは、小学校入学に合わせて父の故郷の大分市に移住してから。母親が外国人というだけで同級生たちが集まって教室に見に来た。学校の外でも、すれ違う人の視線を感じた。「自分は普通と違うんだな」。内向的になり、目立たずひっそり生きたいと思うようになった。

 福岡市で大学生活を送り、卒業後は保育士として働いたが、激務で体調を崩し、大分市に戻った。事務の仕事をこなしながら、自分は何をしたいのか考え続けた。

 変わらず好きだったのが音楽。足しげく通った音楽喫茶で懇意になった演奏家に「歌ってみる?」と誘われ、ステージに上がったことが転機になった。「ホテルとかで歌ってみれば」と薦められ、県内のホテルのバーや地域のイベントで歌うようになった。ジャズ、ソウル、歌謡曲。歌が心を開かせてくれた。ただ、自己紹介をすると必ず聞かれた。「グアテマラってどんな国?」。目をそらし続けてきた自分のルーツ。「これじゃいけない」と昨年11月、グアテマラに向かった。

 生まれた病院に行ってみた。当時の記憶はもちろんない。それでも、出産を担当してくれた医師の写真を見せてもらい、思った。「生まれて、良かった」。何かが変わった気がした。

 グアテマラで多く使われる打楽器マリンバとコラボして歌いたい。現地の音楽家が作ったミュージカルを日本版にして演じたい-。そんな夢を描いて前に進む。「ハーフは自分の強みであり個性。日本とグアテマラを結ぶ懸け橋のような力を持つ音楽人になりたい」

【ワードBOX】グアテマラ共和国

 面積は北海道と四国を合わせた広さよりやや大きい約11万平方キロで、人口は約1658万人(2016年)。公用語はスペイン語、主要産業はコーヒーやバナナなど農業と繊維産業。日本とは伝統的に友好関係にあり、15年に外交関係樹立80周年を迎えた。在日グアテマラ人は191人(16年12月現在)。

=2018/03/06付 西日本新聞朝刊=

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