村上玄水の肖像画発見 中津蘭学をリード、九州初の人体解剖 村上医家史料館で9日から一般公開 [大分県]

村上玄水の肖像画。弓矢も描かれ、若い頃に軍学者を目指し、隠居後も弓矢の鍛錬を続けた玄水の人となりがしのばれる
村上玄水の肖像画。弓矢も描かれ、若い頃に軍学者を目指し、隠居後も弓矢の鍛錬を続けた玄水の人となりがしのばれる
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 中津市教育委員会は、200年前に九州で初めて人体解剖を行ったとされ、中津蘭学をリードした藩医・村上玄水(1781~1843)の肖像画を、村上医家史料館(同市)で発見した。玄水の絵画史料が見つかったのは初めて。9日から同館で一般公開する。

 玄水は、中津藩医で「解体新書」を著すなど蘭学の先駆者とされる前野良沢(1723~1803)の業績を受け、地元・中津で蘭学を開花させた最大の功労者とされる。肖像画は、同館が所蔵目録を作り直している過程で見つかった。

 中津藩医・村上家に生まれた玄水は当初、軍学者を志し久留米藩に遊学。帰郷後は医術を勉強し、長崎への遊学も果たした。ドイツ人医師シーボルト(1796~1866)が設立した「鳴滝塾」でも学んだ。

 御典医(藩召し抱えの医師)となった玄水は1819年3月、藩主奥平昌高の支援も受け、中津に九州各地から約50人の医師を集めて人体解剖を行った。玄水自身がその様子を詳細に書き記すとともに、藩の絵師・片山東籬らにスケッチを依頼。その成果は「解臓記」や「解剖図説」としてまとめられた。

 市教委によると、九州初の人体解剖を巡っては、福岡藩医・伊勢田道益が1797年に実施したとの説もあるが、解剖場所が特定されていないなど不明な点が多い。一方で玄水の解剖は、藩が公認し、多数の医師も参加した上で実施され、成果としての著作も現存するなど日本医学史に確かな足跡を残しているという。

 今回見つかった肖像画は玄水が生前に描かせたものとみられ、保存状態も良好という。市教委は「中津蘭学を築いた玄水を身近に感じる機会にしてほしい」と話している。

 2月11日まで。開館時間は午前9時~午後5時、火曜休館。一般210円、大学・高校生100円、中学生以下無料。

=2019/01/07付 西日本新聞朝刊=

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